2000/04/05
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表紙

1.主旨と説明
2.用語集
3.基本操作法
4.我輩所有機
5.カメラ雑文
6.写真置き場
7.テーマ別写真
8.リンク
9.掲示板
10.アンケート
11.その他企画

12.カタログ Nikon
 F3 (F3H)
 FM3A
 FM2
 FM
 FE2
 FE
 FA
 FG
 FM10
 FE10
 F4
 F-401X

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MINOLTA
 X-700
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RICOH
 XR-7M II
 XR-8SUPER

カメラ雑文

[488] 2004年05月23日(日)
「最先端カメラ志向(前編)」

我輩が最初にAF一眼レフカメラを使ったのは「MINOLTA α-7000」だった。
それまでは、行橋そごうにあった高千穂カメラで「PENTAX ME-F」の展示カメラを手にしてそのAFの頼りなさに失望していたため、α-7000の高速かつ正確なAFには心底感動した。
それが、我輩を最先端カメラ至上主義へと一気に傾かせた。

元々、我輩は最先端の技術を好む。
我輩が「Nikon F3」の存在を初めて知った1981年10月、F3はまさに時代の最先端を行くスーパーカメラであった。しかもこの年の4月にはスペースシャトル・コロンビアが初飛行し、F3はスペースシャトルの備品の一つにもなっていた。
しばらく後になって報道プロが使うカメラだという印象が加わったものの、F3の全体的イメージとしてはやはりNASAの使う技術系最先端テクノロジーカメラという印象が強い。
そうでなければ、これほどまでF3には惹かれなかったろう。
(参考:雑文083「F3の第一印象」

[Newton 1981年11月号]

ところが「いつかF3を手にしてやる」と決意した日は遠く過ぎ、本格的なAF一眼レフカメラが出現してF3の先進イメージは薄れてきた。
もちろん現在の我輩は、F3の造りの良さは時代を越えた普遍性を持っていると承知している。だが当時はカタログでしか知らないF3に対しては、スペック以外に対して情熱を維持することは出来なかった。
そういうわけで、我輩はα-7000に触れて以降、テクノロジーでF3を越えたカメラたちを追い求めた。

我輩が初めてα-7000を手にした時は既にα-7700iの時代であったため、しばらくの間貯金をしてα-7000を下取りに出し、α-7700iを購入した。流線形のスマートなボディ、AFスピードのアップ、ワイドフォーカスエリア、動体予測AF、AF駆動の静音化、照明光付き大型液晶パネル、分割測光、カードシステムによるカスタマイズ及び機能アップ・・・と、α-7000からかなり進化したカメラとなっていた。
そしてこの延長線上に現れるであろう次代のカメラはどんなものになるだろうかと、いやがうえにも期待は高まった。

α-7700iは、確かに我輩の撮影に大きな進歩をもたらした。それまでの中央部重点測光+マニュアル露出よりも、分割測光によるAEは撮影効率を高めた。
しかし当時は、ネガカラーフィルムからリバーサルフィルム(コダクローム64)へと全面転換するタイミングでもあり、いくら分割測光であろうとも百発百中ではないという現実に突き当たった。そうなると、撮影者の意志をカメラ側に伝えるためのインターフェイスが問題となる。

我輩の使い方として露出補正はほとんど使わない。同じシチュエーションの下では露出値を固定しその中で微調整を加える。そのためにマニュアル露出というものを重要視する。
(参考:雑文042「マニュアル露出」
ふと見れば、α-7700iの操作部は小さなスライド式レバーが1つ。シャッタースピードと絞りをこの1つのレバーを用いボタンで切替えながら操作せねばならぬ。
しかしこのスライドレバーはクセモノで、誤作動によって何度も悔しい思いをした。
(参考:雑文007「α−7700iからEOS630へ」

その後、「Canon EOS630」の電子ダイヤルに期待をかけ、全面的にCanon EFシステムに移行した。EOS630はAEB(自動段階露出)が内蔵され、しかもEOS620のようにAEBが1ショットごとに解除されることもない。しかも秒間5コマと高速で、α-7700iでは1秒かかっていたAEB撮影が0.6秒で完了する(もちろんシャッタースピード値によっては長くなるが)。

しかしよくよく考えると、わざわざ1つの電子ダイヤルに操作性を求めるよりも、従来のダイヤル式によってシャッタースピードと絞りを操作するほうが素直で分かり易く合理的であることに気が付いた。
全面的にカメラに任せられない現状では、撮影者の意志をカメラに入力するための操作性は重要な問題である。

MINOLTAとCanonのAFシステムは、レンズ側に絞り環が無い。かと言って当時のNikonの貧弱なAFに変更するつもりも無く、ましてやPENTAXのSFシリーズなど論外であった。
もしその時点で代替となるカメラがあれば、すぐさまEOS630から乗り換えたろう。しかし不満を解消するためのカメラが無い以上はこのままEOS630を使い続けるしか無かった。

我輩が求めていたのは最先端テクノロジーのカメラである。
α-7000からα7700iへ大きく進歩したような動きを期待していた。しかし進歩の流れは、複雑なモード化、階層メニュー化、ボディの肥大化、コスト削減による安物化へといびつな方向へと突き進み、我輩を落胆させた。
AF機能を利用したいがために、肝心な操作性を犠牲にするべきなのか?
特に、MINOLTAのxiシリーズは撮影者の意志を排除するかのように見え、もはやAFカメラに期待しても無駄だと悟った。

その頃、我輩はNikon F3を一時の気の迷いによって中古入手した(参考:雑文152「7年目」)。
実際に手にするF3は、今までのAFカメラ(つまり液晶式カメラ)の操作とは全く異なり、シャッタースピードと絞りをダイレクトに操作出来るというごく当たり前の操作体系が新鮮だった(参考:雑文228「マジック・ショー」)。しかも、それは今まで我輩が使ってきたダイヤル式カメラでは感じたことのなかった造りの良さを感じ、これこそが我輩が辿り着くべきカメラだと気付かされた。
最先端カメラを追い求めて長い旅をし、結局は最初の目標に戻ってきたのである。

最先端カメラであったF3も、ベストセラーの時期を経て今や生産終了カメラとなってしまった。これから時代を経るにつれF3はクラシックカメラとされるようになり、事情を知らぬ者の目には我輩はクラシック趣味な物好きと映ろう。しかし我輩はあくまでも最先端カメラに接する気持ちでF3に接する。
その気持ちは、最初にF3を知った時のまま。


(2004.05.24追記)
当時、我輩がNikon F3に感じた先進性とは、具体的には次の点である。


●クォーツによるシャッター秒時制御
当時はクォーツ搭載カメラであれば誇らしげに"Quarts"と銘打たれていた。電子化されたF3でクォーツが採用されたのは当然の流れであろう。シャッター制御がクォーツ化されたことにより、極めて正確で安定したシャッターとなった(もちろんシャッターそのものの機械的精度にも左右されるが)。絞り優先AEの搭載はあくまでも電子シャッター採用による副産物であると思われる。

●液晶表示採用
液晶表示は当時珍しく、非常にクールで先進的なイメージを受けた。デジタルウォッチなどテクノ商品が受けた時代である。

●電磁レリーズ採用
力を入れて指を押し込まなくともシャッターが切れるというのは、まさに先進性の極みである。

●ボディ内測光
ファインダーを外しても正常に測光出来るというのは、首がもげても平気でいられる不死身の生命体という印象を受けた。

●TTL調光
TTL調光は高級カメラの証。カメラ本体がストロボの光を直接制御するため、レンズの絞り値を自由に選べる(設定可能範囲は撮影距離などによって限定されるが)。外光調光のようにF2.8とF5.6の2つしか選べないという制約は無い。