2000/04/05
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カメラ雑文

[798] 2013年09月19日(木)
「違和感のある呼称」


「パソコン」のことを略して「パソ」と呼ぶ者が時々いる。「オレのパソ、最近調子が悪くってねー。」などと使っている。酷い時には、ノートパソコンのことを「ノーパソ」と呼ぶことすらある。
言うまでも無く「パソコン」は「パーソナル・コンピュータ」の略なので、そこからさらに略すのは違和感が強い。

「メタボ」も何かおかしい。
本来は「メタボリック・シンドローム」と言って、主に内臓脂肪による肥満を指す言葉だった。内臓脂肪による肥満は見かけでは分かりにくく、痩せているように見えても「メタボ」は有り得る。そしてそれは皮下脂肪の肥満よりも健康上の危険度が高いとされる。だから、見た目の肥満とは区別した注意喚起の意味で「メタボリック・シンドローム」の認知が広められていたはずなのだが、最近では見た目に明らかなデブのことを「メタボ」と呼ぶようになってしまった。

さて、カメラのほうに目を向けると、やはり何かおかしな響きを持つ言葉が幾つもある。今回はその一部を挙げ、どこがおかしいのかを改めて考えてみた。


<アナログカメラ>
フィルムを使う銀塩カメラの世界に於いては、アナログ/デジタルの違いは2つの側面がある。

まず、露出計・露出制御の電子回路のアナログ/デジタルの違いについて。
アナログ回路では、コンデンサーに電荷を貯めてその量に応じてシャッターを制御する。そのせいで、コンデンサーが劣化するとシャッター秒時も大きく狂う。また露出計のほうでは電流計の針によって連続的に表示される。
しかしデジタル回路の場合、マイクロコンピュータによって論理的に制御するのでそのような現象は無い。露出計表示も段階的である。
だがこの時代、まだ電子式カメラか機械式カメラかという話題はあっても、回路のアナログ/デジタル方式が話題になることはまず無かった。

それから、操作部材としてのアナログ/デジタルの区別がある。
ダイヤル式カメラはアナログであり(参考:雑文413)、液晶表示式カメラはデジタルである。液晶表示式は7セグメントのデジタル数字が特徴的で、当時出始めのデジタル時計と共にデジタルの名を一般に広めた。
注意すべきことは、デジタル式が出現する前まではダイヤル式のことをアナログ式とは呼ばなかったことである。あくまでも、デジタル式に対応する言葉でしかない。

さて、「デジタルカメラ」が登場すると、これまで単に「カメラ」と言ってきた銀塩カメラのことを明示的に区別する必要が出てきた。単純に「デジタルカメラではないカメラ」という発想で、デジタルに対する「アナログ」が使われ始めたようである。つまり銀塩カメラのことを「アナログカメラ」と呼ぶ者が出てきたのだ。
しかし以前も雑文で書いたが(参考:雑文740)、銀塩での記録はアナログ方式と言えるのかという疑問が残る。結論から言えば、銀塩写真にデジタル方式もアナログ方式も無い。銀塩は銀塩であってそれ以上でもそれ以下でもない。今夜の夕食がデジタルかアナログかと問うのと同じで、全くナンセンスなこと。

では、本来「アナログカメラ」と呼ばれるべきものは何かと言うと、デジタルカメラが登場する前に存在したアナログ(FM変調)記録方式の「電子スチルカメラ」であろう。
映像をイメージセンサーで捉えて電気信号に変換するというプロセスまではデジタルカメラと同じであるが、その電気信号としての情報をアナログで記録するかデジタルで記録するかの違いがある。まさに、「デジタルカメラ」に対する「アナログカメラ」としてスッキリ収まるではないか。

問題は、電子スチルカメラの一般認知が低いことだ。当時は遠隔地へ電送可能な写真として報道業界にはそれなりに使われていたようだが(カメラやレンズ、再生機などの一応のシステムは構築されていた)、一般には普及せぬままデジタルカメラの時代となった。だから、電子スチルカメラが話題にのぼることはまず無い。それゆえ現実の会話としては、「アナログカメラ」という言葉が出た時に我輩ですら電子スチルカメラのことは思い浮かばぬ。
しかしだからと言って銀塩カメラのことを「アナログカメラ」と言うには、我輩としては強い抵抗を感ずる。経緯を考えれば、「アナログカメラ」の呼称は予約語(※)として永久欠番とすべきではないか? 少なくとも、自分では使いたくない。
(※予約語=プログラミング言語にて、汎用の変数などには使えない特別な意味があらかじめ規定された記号のこと。)


<ミラーレス一眼カメラ>
一般的には「ミラーレスカメラ」あるいは「一眼カメラ」と呼ばれるが、ここでは総称して「ミラーレス一眼カメラ」とした。「ミラーレス」はつまり「レフ無し」なので、「ミラーレスカメラ」イコール「一眼カメラ("レフ"無し)」となるわけで、「ミラーレス一眼カメラ」というのは重複表現に他ならぬ。しかしここでは呼称の経緯を説明するために敢えて使用する。何しろ、前述の「アナログカメラ」の場合とは逆に、これまでの経緯を知っていないと意味不明となるからである。

「ミラーレス一眼カメラ」は、パッと見ればコンパクトデジタルカメラの形態に似ている。コンパクトデジタルカメラにはミラーボックスは無いし、レンズも1つのみでファインダーが別の光学系としてあるわけでもなく一眼である。
そういう観点で言えば、「ミラーレス一眼カメラ」は「レンズ交換式コンデジ」とも言えてしまう。しかしなぜわざわざ「ミラーレス一眼カメラ」なのであろう?

ミラーレス一眼カメラが登場した経緯としては、デジタルに最適化されたカメラシステムを構築すべくOLYMPUSが立ち上げたフォーサーズ規格に対して、「デジタル専用規格として登場しながらも従来通りのミラーボックスが存在することは片手落ちだ」と我輩が断じたことに始まる(参考:雑文554)。その後しばらくしてOLYMPUSも反省したようで、ミラーボックスを廃したマイクロフォーサーズ規格を立ち上げるに至った。それはまさに「ミラーレス一眼カメラ」であった。

イルカは魚ではないが、魚にそっくりな姿形をしている。イルカは地上の哺乳類から海に進出した動物であるので肺呼吸をしているのだが、数億年すれば環境に適応して鰓(エラ)や鱗(ウロコ)を持つようになるかも知れない。しかし、収斂(しゅうれん)進化によって魚に近付いたとしても、由来が異なるのでイルカは魚とはならない。どこか探せば、哺乳類であることの小さな違いがあるはず。
それと同じように、ミラーレス一眼カメラも、この先、レンズ固定式の簡易版が出たとしてもその瞬間に「コンパクトカメラ」とは呼ばれないだろう。形態的には違和感はあるものの、その成り立ちを考えれば、それはそれで「ミラーレス」の呼称は正当性があると考える。
ちなみにこの場合、呼称は「レンズ固定式ミラーレス一眼カメラ」となろうか。「ミラーレス一眼カメラ」であることの小さな痕跡があるとすれば、フォーカルプレンシャッターが備わっていたり、ミラーレス一眼カメラと同じイメージセンサーであったりするであろう。

カメラの進歩、特に要素技術の向上によってカメラの分類名称も矛盾を抱えるようになったりしてややこしいが、今のところはそれぞれの進化の道筋を考慮して分類すれば良いかと思う。いずれ、ミラーレスという名称も消えよう。それはつまり、全てのカメラからミラーボックスが消え去り、わざわざミラーの有り無しを区別する必要が無くなった時である。


<フルサイズとフルフレーム>
「フルサイズ」を直訳すれば「目一杯の大きさ」となろうか。では、何に対して「目一杯」なのかと言えば、言わずと知れた35mmフィルムのいわゆる「ライカ判(24×36mm)」に対してである。

かつて、銀塩カメラで「ハーフサイズ」と呼ばれる画面サイズがあった。OLYMPUSから出たPENシリーズなどはその先駆けだと記憶している。これも「ライカ判」に対して半分であったことから「ハーフサイズ」というわけである(ライカ判は映画用シネサイズの2コマ分を使ったサイズのためシネサイズが先だが、写真用としてのハーフサイズは後と言える)。小型でフィルム代が節約出来るということで一時期流行ったハーフサイズだったが、プリント代がかさむ、なかなか1本撮り終わらない、普通に構えると縦位置写真になる、画質が悪い(引伸し率が大きい)などの理由のため主流とはならず廃れてしまった。

また、ライカ判よりも一回り小さいAPSというフィルム規格も現れた。透明磁気記録でプリント指示など書込める野心的規格だったが、そのような特殊機能を活かした製品は発売されなかったし、わざわざ従来のカメラと置き換える積極的メリットも無いため普及することなく廃れた。

結局、デジタルカメラの時代になるまで画面サイズの主流はライカ判のまま変わらず、わざわざ「フルサイズ」などと明示する意味は無かった。

ところがデジタルカメラ、特に一眼レフ形式のデジタルカメラが登場すると話が違ってくる。
初期のデジタル一眼レフカメラは、既存の交換レンズ群を流用させるために銀塩一眼レフカメラをベースにしたものであった。そのため、画面サイズはライカ判が目標であることは最初から決まっていたと言える。しかし、当時は大きなサイズのイメージセンサーは非常に高価であったし、周辺画質の低下も解決出来なかった。だから一回り小さなAPSサイズ相当で作るしかなかった。つまり、最初からAPSサイズが主流であった。当時の写真雑誌を見ると、APSサイズ専用レンズのことをデジタル専用と呼んでいるものもあったくらいだ。
そうなると、当然ながらこれまでのライカ判はわざわざ「フルサイズ」と呼んで区別せねばならなくなった。デジタル一眼レフカメラの世界では、APSサイズ以外は特殊なサイズだったからだ。
これが、「フルサイズ」という呼称の始まりである。

ところで、最近になって「フルフレーム」という呼称を目にすることがある。これは「フルサイズ」と同義で使われているらしいが、我輩には大変違和感がある。
厳密に調べたわけではないので違うかも知れないが、この言葉は主に英語圏で良く使われているように思う。そしてそこから逆輸入されて日本でも使われ始めたのではなかろうか。
しかし、「フルフレーム」というのはそもそもCCDの転送方式を区別するものとして使われていた言葉で、性能をそれなりに表すものであった。現在はCMOS主流の時代だが、CCDが主流の時代にはカタログにも誇らしげに「フルフレームCCD」と書かれていたりした。

もちろん今の時代、「フルフレームCCD」の話題などまず出ることは無いが、我輩の中では「フルフレーム」という言葉は予約語となってしまっているので滅多に使ってはならぬものという扱いである。そんな言葉が気軽に出てくると大変気持ちが悪い。

そもそも同じイメージセンサー分野の中で同じ呼称が存在するならば、やはりどこかで混乱は生じるだろう。そういう場合、常識的な判断としては別の言葉を用いるのが当然なはず。しかも「フルサイズ」という呼称が存在するにも関わらず、わざわざ「フルフレーム」に変える必然性などどこにあろうか。
ガイジンが使ってる言葉が常に正しいという理屈も分かるが、言葉というものは意味が正しく伝わってこそのものであるから、イメージセンサー分野に於ける「フルフレーム」という言葉は予約語として手を着けてはならず、あくまでも「フルサイズ」という呼称で明確な区別を付けるべきであろう。

(2013/09/24 追記)
後から少し考えてみたが、やはり同じ分野で呼称がダブるのは絶対にマズイと思った。もしダブった場合、例えば次のような表現になってしまうが良いのか?
「フルサイズの大型フルフレームCCD」→ライカ判いっぱいの大きさのフルフレームCCDという意味。
「フルフレームの大型フルフレームCCD」→意味不明。
やはり、フルフレームという言葉は使ったり広めたりしてはならぬ。心ある者は食い止めるべき。

(2013/09/28 追記)
「OLYMPUS OM-D E-M1」のカタログを見ていたところ、「1/8000秒高速メカニカルシャッターを搭載」と書かれているのに気付いた。
「メカニカルシャッター搭載とは凄いな、電源がダウンしてもシャッターは切れるわけか。」
そんなわけがない。デジタルカメラでいくらメカニカルシャッターが動作したとしても、電源が無ければイメージセンサーの映像は記録不可能なのだ。シャッターだけメカニカルにしても意味は無い。
ここで言う「メカニカルシャッター」とは、恐らく「メカニカル制御シャッター」ではなく、「メカニカル動作シャッター」ということを意味しているのであろう。
元々、スクゥエア型シャッターに代表されるフォーカルプレンシャッターは、スプリングの力を利用したメカニカルな動作部品である。全てのフォーカルプレンシャッターはメカニカル動作なので、わざわざ「メカニカル動作シャッター」と言って区別する意味は無い。
ただし、シャッター幕の係止を外してシャッターを走らせるいわゆるトリガー動作について、機械的に行うか電磁的に行うかによって「メカニカル制御シャッター」及び「電子制御シャッター」に分類される。メカニカル制御の場合は指の力だけで係止を外すので電源は不要であり、電子制御の場合は電磁石の力を使うので電源が必要になる。例えば「Nikon F3」の場合、通常は電子制御式であるが、電池が消耗した場合には緊急作動レバーを押下することで機械的に係止を外してシャッター幕を走らせることが出来る。
さて、デジタルカメラでは構造上必ずしも物理的なシャッターを必要としない。イメージセンサーに投影されたリアルタイムな映像を電気信号として送ればそれで済む。これはつまり、デジタルカメラの祖であるビデオカメラと同じ方式だ。しかし画質を重視した場合には色々と不都合があるので、そういう時は物理的なシャッターを用いて光の投影を遮断せねばならない。恐らく、「OLYMPUS OM-D E-M1」のカタログで言いたいのは、この物理的なシャッターの存在のことであろう。
しかし「メカニカルシャッター」というのは、カメラの世界では長らく「メカニカル制御シャッター」のことを指しており、ここで同じ呼称を別の意味で使うのは大変混乱を招くことになる。ここは「メカニカルシャッター」などと変な表現は使わず、単純に「フォーカルプレンシャッター」を使えば良かったのではないか。一個人のウェブサイトでの表現ならまだしも、カメラメーカーが混乱を招くような呼称を使うとは何事か。


<ペンタ部>
一眼レフカメラには、「ペンタ部」と呼ばれる突起がある。そこにはペンタプリズムが収まっているためそのような形状となっている。
このペンタ部は一眼レフカメラの外見上の大きな特徴であり、それがあるかどうかで周囲の一般人の見る目が変わってくる(参考:雑文783)。
そんな中、一眼レフではないのにペンタ部的な突起を付けた「Panasonic LUMIX DMC-FZ10」(参考:雑文712)が登場した。これなどは一眼レフでもないくせに一眼レフ風のシルエットを持たせることによって消費者のミスリードを狙った商品と言える。ペンタ部の必然性が無い。ペンタプリズムどころかEVFすらそこに入っていない(EVFは左肩にある)。

ところが最近、ミラーレス一眼カメラのほうでも、この疑似ペンタ部を持つものが増えてきた。
「Panasonic DMC GHシリーズ」や「OLYMPUS OM-Dシリーズ」などが代表的な例だが、好意的に見れば、EVF(電子ビューファインダー)がその部分に収められているという一応の必然性はある。

我輩はこれまで、ミラーレス一眼カメラのこの部分を何と呼べば良いか迷っていた。ペンタプリズムの入っていない部分を「ペンタ部」と呼ぶのはおかしいかと考えたからだ。
しかし一眼レフでも、ペンタプリズムを使わないカメラは多い。廉価版によくあるペンタミラー仕様だ。ただそうは言っても、「あれはプリズムが入っていないのでペンタ部とは呼べない」などという話は聞いたことが無い。つまり、プリズムがあるかどうかということではなく、あくまでもペンタゴナル、いわゆる五角形の形状のことを指しているわけだ。
そうなると、やはり五角形であれば頭の出っ張りは「ペンタ部」ということになる。

ただ困るのは、ミラーレスカメラの、特に「OM-Dシリーズ」の頭の出っ張りは五角形風であるがその形状には必然性が無いということだ。下手をすれば「LUMIX DMC-FZ10」と同列になってしまう。しかしかろうじてEVFが収まっていることから、従来からの呼称を踏襲しても良いのではなかろうか。
そうなると、ペンタゴナルとは言えない「GHシリーズ」のほうでも、EVFが収まっているという理由から「ペンタ部」と呼ぶしかなくなるが、致し方ない。