中判カメラで望遠撮影をするのは大変な苦労がある。
7〜8年くらい前、我輩がBRONICA用の250mmF5.6を購入した時だが、このレンズを使って上野動物園で試し撮りをした。その結果は、一脚を使用したにも関わらず、ほとんど全てのカットに微小なブレが認められた。
せっかく購入した機材で最初からこのような結果になるとショックが大きい。
確かに、動物園内は木々が茂っているため多少暗く、F5.6の状態でもシャッタースピードが1/60〜1/125秒くらいしか使えなかった(感度100フィルムにて)。しかしそれでも、一脚を使用しながら慎重にシャッターを切ったはず。まさに予想外の結果だった。
このような結果が出てしまうと、この250mm望遠レンズというのは実用外にも思えてくる。実用するならば、よほど強固な三脚にガッチリと固定し、ミラーアップ状態でケーブルレリーズを使うしか無いのか?
そうなると、一眼レフであることのメリットが失われるばかりか、そもそも撮影対象がかなり限定されよう。使える場面が思い付かない。
元々、我輩は望遠撮影はあまり好まぬ。写真の情報量を第一目的としているため、パンフォーカス写真を常に目指しているからだ。
情報量を重視する意味で中判を選択した我輩だったが、中判では被写界深度が浅くなりがちで、より広角なレンズを求めねばならない。そういう意味では望遠レンズというのは、我輩の用途としては真逆に位置することになる。
それならば、なぜこの250mm望遠レンズを購入したのか? これは、目的無きいわゆる"衝動買い"というやつか?
いや、このレンズを手に入れようとした大きな動機が実は存在する。
それは、豚児写真である。
我輩は、豚児撮影用として66判の中判を「制式写真」と位置付けている。これより小さなフォーマットはもちろん、大きなフォーマットでも制式から外れることになる。
以前、成り行き上67判で撮影せねばならなかったことがあるが(参考:
雑文503「夏の帰省日記(1)」)、この時には現像後に67サイズのポジを66サイズに断裁した。それほどのこだわりがあるからこそ、"制式"たりうる。
この位置付けは、豚児が生まれる数年前からのものであり、決して、生まれた後に気まぐれで決めたものではない。だからこそ、当時としては必要も無い中判用の望遠レンズを購入した。もしそうでなければ、望遠撮影ならば迷わず35mm判を選択したはず。
それにしても、冒頭にも書いたとおり、中判用望遠レンズ250mmの撮影結果は芳(かんば)しくなかった。そのため、「たとえ運動会のためであろうとも、我輩の技術ではこの望遠レンズを活用出来まい。」という印象を持った。広角レンズを使いフットワークで被写体に迫るほうが、失敗も少なく臨場感も出よう。
このような理由で、中判用250mm望遠レンズは完全に無駄な機材となった。ただし、手放すことは無い。機材をストックするという行為は、何割かの無駄は覚悟の上でなければならぬ。いつかふと、必要になる機材が発生した時に備えて、必要無い物まで含めて買い込むのが本当のストックなのだ。
そういうわけで、購入からずっとこのレンズを使うこと無く機材庫にしまいっぱなしにしてあった。
雑文462「10年目」にも、このレンズについては「想定される用途は無いが、とりあえず所有」と記載した。
月日は過ぎ、2007年の今年。いつの間にか運動会の日が現実になってきた。
ある日、床屋で幼稚園の運動会の話になった。
「運動会、場所取りで並ぶんスか?」
このように訊かれ、我輩は一瞬絶句した。
「そ、そう言えば、そんなことをテレビや雑誌などで聞いたことがある。前日から泊り込むツワモノもいるとかいないとか・・・。」
我輩は、床屋帰りに考えながら歩いた。
かけっこなどでは、良いポジションを確保しなければ見応えのある写真はなかなか撮れまい。しかし、いくら何でも幼稚園の運動会ごときで場所取りのために並ぶのは馬鹿げている。ましてや前日から並ぶなど・・・。
我輩は、これまで漠然と「こういう撮影ではフットワークを駆使して広角スナップでいこう」と思っていたのだが、いざ現実を前にして考えるとなかなか難しい。
考えてみれば当然なのだが、運動会の案内を読むと撮影場所は制限されている。遠くから望遠で引き寄せることも必要となろう。いや、もしかしたらそれが唯一の撮影法となるかも知れぬ。
我輩としては、豚児だけでなくその友達も同じフレーム内に納めたいと思う。それが我輩の求める写真の情報量である。
よく、「写真というのは引き算だ」と言われる。これは、余計なものをフレームからどんどん外していき、必要最低限の構成物だけで写真を組み立てろという意味である。しかしこれは写真を作品として扱う場合の話であり、我輩のような用途では「写真というのは掛け算だ」と言い切る。色々と写り込んだものがそれぞれに情報を持っている。そういう写真というのは、ジックリ観れば観るほど情報が湧いてくるのだ。
(もし、写真の情報量についての重要性を実感出来ぬならば、古い写真を観てみるがいい。写真を隅々まで観ている自分に気付くだろう。)
我輩は、状況さえ許せば広角レンズでスナップを行うこととするが、距離の離れた撮影のために望遠レンズも持って行くことにした。ただ、中判用望遠レンズは我輩の中では成功例が無いため、今回の運用は賭けに近い。事前に、「どういう条件であればブレにくいか」という研究はしておくべきだったと悔やんだが、もうその時間は無かった。
全ては、当日に答えが出る。
運動会当日、朝から良い天気だった。
これならば比較的速いシャッタースピードが使えよう。しかし成功事例の無い望遠レンズについての不安は消えぬ。我輩の広角専用スキルでは、仮に最高速1/500秒でシャッターが切れる条件であろうとも、望遠撮影ではブレる危険性は高かろう。
とりあえず、ほどほどの望遠として180mm中望遠レンズも用意した。250mmレンズが手に負えないようであれば、180mmに切り替えるつもり。