熟睡していたわけではないため、しばらく経って何となく目が覚めた。
辺りはすっかり明るくなり、眩しい光に目を細めた。
時計を見ると6時40分。
車を降り、改めて自分の車を眺めた。
「福島までの遙々(はるばる)300km余りを、こんな小さな"自動車"という機械装置に乗って運ばれてきたのか」としみじみ思った。
広大な駐車場の一角
コンビニエンスストアで調達した朝食を食べた後、トレッキングシューズを履いて身支度をした。
車に積んだ荷物は、実はあまり吟味されたものではないため、ここで、車に置いて行く物と携行する物とを分けた。飲料水として購入したスポーツドリンクについては、1リットルのボトルは氷とともに車のトランクに残しておく。下山した時に冷たいものを飲みたいからだ。意外にも車のトランクルームというのは比較的温度が上がりにくい場所らしい。
結局のところ、携行する荷物のうちほとんどがカメラ機材である。重量比で言えば9割くらいはあろうか。
他はスポーツドリンク500ミリリットルのボトル2本、昼食用の弁当、パーソナルGPSくらいである。
また前回は、トレッキング用の杖(ステッキ)が欲しいと思ったため、今回は丈夫な一脚で代用することにした。もしこれで杖の有用性が確かめられれば、改めて専用の杖を購入したい。
7時15分頃、駐車場を出発し一切経山を目指す。この山への登山自体には興味無いが、その先にある五色沼へは一切経山の登山を避けて通れない。
もう2回目ということもあり、登りに不安は無い。蔵王の時と同じだが、一度通ったことのある道というのは、その先がどうなっているのかを知っているという点で安心感がある。また時間や体力の配分もし易くなる。
ただ逆に言うと、苦労する箇所も事前に分かっているため、その地点にさしかかる前から気疲れすることもある。
これは人生と同じようなものか。人生経験が長い年長者は、安定感はあるが苦労も多く知っているためそれらを避けて冒険をしなくなる。一方、経験の浅い若者は行動が危ういながらも、先の苦労を知らないため精力的に突き進むエネルギーを惜しまない。
さて、しばらく登ると大穴火口が見えてきた。時間は7時40分頃。
よく見ると、雨水による浸食のためか、一筋のクッキリとした細い溝が確認された。さらにその溝の終端には三角州状の堆積物が見えている。三角州は前回訪れた際に確認済みだが、溝については前回これほどハッキリしたものは見られなかった。陽の角度が浅いため陰影が際立っているせいもあろうが、それでもやはり前回との違いは明瞭である。
川による浸食・堆積の模式図
三角州については、前回の写真と比べると、三角州がさらに拡大したというよりも上流方向に扇状地として追加されたような感じか。近くまで降りて観察してみたいが、急斜面の火口跡のためそれは不可能。それに、恐らくそこは登山道から外れた立入禁止区域であろう。硫化水素の臭いも強いため、そういう意味でも危険だと思われる。
2007.05.29 |
2007.09.22 |
蔵王のお釜の時もそうだったが、このように「合流」・「浸食」・「堆積」を模式図のように一目で見せてくれる地形というのは興味深い。しかも今回は傾斜の大きい場所であるため、川の営みが誇張して表現されており解り易い。
我輩はここで腰を降ろし、この川による浸食と堆積の模式図をジックリと撮影することにした。時折、他の登山者が我輩の背後を通過するが、誰も大穴火口の地形に注目する者はいなかった。
66判、35mm判、デジタルカメラにて撮影を済ませると、時間はもう8時になっていた。どうも時間が経つのが早く感ずる。
再び荷物を背負い、登山道を進む。今回は一脚を杖代わりにしているため、以前よりも安定感があるように思う。ただしグリップが無いため持ちにくいのは否定出来ない。
9時頃、ようやく一切経山山頂に到着。
一切経山の山頂は、特にこれというものが無く、そこでの記念写真は今回省いた。とにかく、目的は五色沼であるから、山頂からすぐに下り道を降りることにした。
見ると、前回我輩を苦しめた残雪は全く無い。これならば何の苦労も無く湖面にまで達することが出来よう。
五色沼 (66判 40mm超広角レンズ)
前回障壁となった「立入禁止」の標識が再び見えてきた。やはり何度見ても「本当にここから先へ行って良いのか?」と不安になる。しかしこれは、脇道へ逸れぬよう警告しているだけである。
確かに、その先にも「立入禁止」の標識が幾つもあり、それらは道の脇に沿って設置してあることが判る。
「立入禁止」の標識は道の脇に沿って幾つもある
9時20分頃、ようやく五色沼のフチへ降りることが出来た。
前回ほどの苦労は無かったが、一切経山を登った時の疲れと急斜面を降りた疲れが重なり、湖面がよく見えるところで腰を下ろし、休憩がてら撮影することにした。
それにしても、ここまで降りてくる登山者は何人も見える。しかもそれらのほとんどは定年退職したような老夫婦ばかり。我輩のような中年の男がこの程度の登山で苦労を語るのは恥ではないのか・・・?
ただよく考えてみると、我輩は中判一眼レフカメラとその交換レンズ3本、さらに35mm一眼レフカメラ、その他フィルムなどを詰め込んだザックを背負っている。つまり、およそ6kgの荷物が余分にあることになる。まあ、その点を考慮すれば、少しくらいは苦労を語っても良かろう。
とりあえず、40mmレンズを装着したままの中判カメラを構えてみた。だが湖面の両側が完璧にフレームからハミ出している。やはりそうなるか。
そこで35mm魚眼レンズに換装してみる。すると、ちょうどフレームに収まった。ただし魚眼レンズのため仰角によって歪みが強く出るのだが、巧く調整することによって目立たなくすることは可能。
五色沼 (66判 35mm魚眼レンズ)
また、180mm中望遠レンズがあるため、対岸の映像も引き寄せて撮影してみる。
望遠で覗いていると、その風景の中にいる自分の姿が思い浮かぶ。後であの場所に行ってみることにしようか。
五色沼の対岸 (66判 180mm中望遠レンズ)
ふと横を見ると、一組の夫婦がこちらに歩いて来る。老夫婦とまではいかないが50〜60代くらいかと思われた。
「おはようございます。」互いに挨拶した。
「お仕事ですか?」と訊かれたため「趣味ですよ」と答えた。
「おお、凄いカメラだ。」と二人で驚いていた。どうやら、中判カメラの大きさというよりも、ウェストレベルファインダーで上から覗くスタイルが新鮮であるようだ。ちょうど魚眼レンズを装着していたこともあり、夫婦にファインダーを覗かせたりしてしばしの交流を楽しんだ。
さて夫婦が去った後、撮影を再開した。
基本的に山での中判撮影は、3枚の段階露光を行っている。フィルムと現像のコストよりも、山に登るためのコストと苦労が大きいからである。少しくらいフィルムを浪費しようとも、それで失敗が防げるのであれば安いものと考える。
ところが、35mm一眼レフは自動的に段階露光が可能であるが、中判カメラのほうは手動でやるしかない。しかも120フィルムでは12枚撮りとなるため、すぐにフィルムが終わって交換が必要となる。もし段階露光がフィルム交換によって中断されると、その間に光が変わってしまうとややこしいことになる。
現に空を見上げると、太陽の辺りに雲がかかっており時々光を遮る。しかも、湖面は影に隠れても対岸は明るい状態であったり、またその逆であったりして、せっかく露出値を決めて撮影を始めても、また測光をやり直して撮影し直すハメになる。
結局このようにして、同じアングルからの写真は段階露光の3枚に留まらず10枚近く撮ったカットもある。
さてこの五色沼というのは、一切経山から見下ろしていると水際まで降りるのは簡単そうに思える。しかし実際に近付いて見ると、密に茂った灌木が邪魔をして行き先を阻む。植生のほとんど無い蔵王のお釜とは対照的である。
また、そもそも登山道から外れることは禁止されており、どのみち水際まで接近することは出来なかった。
灌木の生い茂った水際
しかし少なくとも湖を一周出来ないかと考え、フチを歩いてみた。
ちょうど、一切経山の向かい側にある対岸の辺りまで到達したところ、奇妙な形の岩石が散らばっているのに気付いた。どれも薄くはがれ、その縁はスッパリと切れたように真っ直ぐである。この五色沼は火口跡であることから、火山に関係する岩石であることは言うまでもない。
我輩はその岩石の一つを拾い上げ、ジッと見た。
望遠レンズで見た対岸に到達 (66判 35mm魚眼レンズ)
この岩石は、地下深くから湧き出た溶岩に含まれていたものだろう。つまり、地球の内側で対流していたもの。地球の中身に触れているとも言えよう。これは元をただせば宇宙を漂うチリであり、さらに言えば幾つもの恒星が核融合によって創り出した元素であった。
今この場所で改めてNHKスペシャルのDVDを観たならば、また違ったリアリティを以て観ることが出来るに違いない。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか灌木の茂みに行き当たった。どこかから抜ける道は無いかと探したが、結局、湖を一周することは断念した。
時間は11時を過ぎており、そろそろ昼食を摂る場所を確保しようと思い始めた。そこで、少し戻って日陰を作っている場所に降り、一息ついた。ここなら落ち着く。
落ち着ける場所を見付けた
弁当を広げる前に記念写真を撮ろうと思い、中判カメラを岩の上に載せてフレーミングを調整した。こういう時、ウェストレベルファインダーが役立つ。
ところが、肝心のセルフタイマーが見付からない。スペア電池やフィルムなどを入れていたウェストポーチに入っていないのだ。どうやら、車で荷物整理をした時にセルフタイマーも誤って置いてきたらしい。
セルフタイマーが無ければ記念写真は撮れない。
仕方無いので、デジタルカメラと35mmカメラで撮ることにした。これらのカメラにはセルフタイマーが内蔵されているのだ。
35mmカメラによる記念撮影
写真の背景は北の方角で、ちょうど蔵王もこの先にある。そして画面の右端には福島市内が見えている。空を見上げると、頻繁に旅客機が航跡を牽きながら北へ飛んで行くのが見える。望遠レンズで覗くと、双発機であったり4発機であったりというのが確認出来て面白い。旅客機の乗客からも五色沼が見えているだろうか。
我輩は弁当をつつきながら、のんびりとした時間を過ごした。
絶えず旅客機が飛んでいる
食事後もしばらく景色を眺めてボーっとしていた。トレッキングシューズも脱いでリラックスしている。日陰の中で暑さもしのげる場所であるから、少しくらい昼寝をしても良いかも知れない。実際にはそこまでしないが、気持ちが穏やかであることによる素直な気持ちである。
この心の余裕は、自家用車でここまで来ていることに拠る。もし公共交通を利用していたならば、運行ダイヤに合わせた行動をとらねばならぬ。そのため、常に時間に追われる気持ちが抜けない。もちろん、登山は計画的に時間を気にする必要はあるが、時間に追われる意識とはまた別である。 蔵王にて目の前の最終バスに去られた経験が忘れられない我輩は、自家用車を所有したことの恩恵を、この時に一番強く感じるのである。
12時半頃、我輩は装備を整え、トレッキングシューズを履いて紐を縛り、その場所を後にした。山で1時間も休憩したのは初めてであった。前回などは山で昼食は摂らなかった。
五色沼のフチをグルリと半周し、再び一切経山を登らねばならない。最終的には向こう側へ下山することになるのだから、この登りが虚しい。下山するために登山するわけだ。山を迂回出来れば楽なのだが・・・。
まあそうも言っていられないので、苦労してようやく一切経山を登り切った。土曜日の昼間ということもあり、上には多くの観光客風の登山者(一切経山の山頂にいるということは"一般観光客"ではないが、トレーナー姿にスニーカーという点が"登山者"とも言い切れない)がいた。そのうち1人のニイちゃんが、五色沼のほうから登ってきた我輩を見て話しかけてきた。
「この下って降りられるんですか?」
「ええ。」
「湖の周りを一周出来るんですかね?」
「いやそれは無理。」
「そうですか、ありがとうございます。」
そのニイちゃんは、我輩の登ってきた道をゆっくりと降りて行った。軽い気持ちで行ったとすれば、もしかしたら、後で体力が保たないかも知れないな・・・などと後で思ったが、まあカメラのような重量物を背負っているわけでもないだろうから、要らぬ心配だろう。
下山は、前回と同じく「酸ヶ平(すがだいら)」のほうへまわる。前回は残雪に苦戦したが、今回はそんなことも無かろう。
木道のある場所まで急斜面を降り、途中、鎌沼へ寄ってみたが、雲が出て暗くなったため撮影もせず引き返した。
時間は、いつの間にか14時。さすがにこの時点でもう疲労が溜まってきた。500ミリリットルのボトル2本はここで底を尽いたため、早く車に戻り冷えたスポーツドリンクを飲みたい。
木道を歩き下山する
残雪は無かったものの、やはり木道は途中で分断されており、岩がゴロゴロした道を降りることが多くなった。登りよりも、下りのほうが脚に負担がかかっている。少しずつ少しずつ山を降りているのが分かるが、それでも先が長く感ずる。疲労のため、とにかく無心に道を降りて行った。
14時45分頃、ようやく元の駐車場に戻った。
荷物を降ろし、冷えたスポーツドリンクを飲んだ。そして車の後部座席に座り、しばらくグッタリしていた。ここまで来れば、何とでもなる。
窓を開けて風を車内に通した。ちなみに、車外温度計によると気温は20度である。
30分ほど休んだろうか、ようやく落ち着いたので、もうそろそろ家に帰ることにした。時間に制限は無いが、それでも早めに帰るに越したことは無い。
運転席に座りエンジンをかける。
疲労感と達成感が入り交じる中、車をゆっくりと動かし駐車場を出た。下り坂が続くため、エンジンブレーキでの減速を行う。フットブレーキは微調整と後続車への合図に使うのみ。
市街地へ降り、福島西インターチェンジから高速道路に乗るのだが、ガソリンがギリギリでは心細いため直前に給油しようと思う。
ところが、ガソリンスタンドの入り口を見誤り、急な動作を好まぬ我輩はそのまま通過してしまった。結局、そこからインターチェンジまでガソリンスタンドは無く、かと言って引き返すのも無駄に思い、そのまま高速道路に乗り帰路についた。
ちなみに外気温度は30度を示している。エアコンは弱く入れていた。
行きは平均スピードが100km/hであったから、帰りは80km/hにすれば少しはガソリンの消費も抑えられよう。一応、この車の経済運転速度は50〜60km/h(メーターに指標がある)となっており、それに近いほうが良いかと思う。
当然ながら80km/h巡航では、走行車線をひたすら走ることになる。もっとも、遅い車は必ずいるため、その車にずっと付いて行くような状態である。
後続の車は、次々に追い越し車線へ出て追い抜いて行く。
|