2000/04/05
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表紙

1.主旨と説明
2.用語集
3.基本操作法
4.我輩所有機
5.カメラ雑文
6.写真置き場
7.テーマ別写真
8.リンク
9.掲示板
10.アンケート
11.その他企画

12.カタログ Nikon
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カメラ雑文

[598] 2007年04月09日(月)
「双方のメンツ」

「もうテメエの頼んだ仕事なんかやんねーぞ!」
これは、職人的な技を持っているWさんの怒鳴り声である。

我輩の職場は製作現場が近くにあり、印刷に関する様々な機械が設置されている。
だがそういった機械装置を操作するためにはそれなりの知識と技量が必要とされる。同じ機械であっても、扱う人間が異なれば製品の出来もまた異なる。
Wさんは、製作現場の長老的な存在であり、優れたオペレータでもある。

以前にも書いたが、品川の営業所の一部が川崎の営業所に統合されたことにより、我輩は去年の10月より川崎で勤務している。そして川崎の現場で出会ったのがWさんであった。

「Wさん、機嫌が悪いと大変だからなぁ。今日は仕事受けてくれっかなぁ・・・。」
いつも怒鳴られているらしい営業の後輩Kがつぶやく。
後輩Kは入社時に我輩と同じ職場にいたが、すぐに川崎に転勤になり、川崎勤務は10年近い。

「怒鳴るのは、機嫌の問題なのか?」
「もうそれしか考えられないんすよ。なんで怒鳴られるのか、サッパリ分かんないんすよ。」
「それって、お前だけ?」
「いや、営業はみんな怒鳴られてます。」

我輩も8割がた営業の業務であるため、そのうちWさんに仕事を頼むことになるかも知れぬ。
我輩も血の気の多さは負けていないため、もし理不尽なことで怒鳴られたりすればこちらもキレてやろうかと思う。

そうこうしているうち、Wさんに頼むべき作業が本当に入ってきてしまった。
最初は頭を抱えてしまったが、こちらに非が無ければ何をビクビクすることがあろうかと腹を決めた。ケンカするのがイヤだと思うから相手が恐いのだ。初めからケンカする気で行けば何も恐くない。

とりあえず、最初は低姿勢で行く。
まだ作業依頼の手続きが慣れていないため、もしかしたら手際の悪さで怒鳴られる可能性がある。とにかく、Wさんに分かり易く説明することで手続きの不慣れをカバーするしかない。

ところがWさんは、終始笑顔で丁寧に対応してくれた。
後日出来上がった品物を受け取りに行った時も、梱包について細かくアドバイスしてくれた。
完全に、拍子抜けだった。
「なんだ、いいオジさんって感じじゃないか。」
我輩は、何がそんなにWさんを怒鳴らせるのかが、全く分からなかった。

しかし先日、その理由を感じさせるような出来事が起きた・・・。

−−−−−−

「我輩さん、二週間後の職員総会の時に集合写真を撮ってくれませんか。」
総会幹事の一人であるH君が我輩に話しかけてきた。
雑文589「政治的意図」でも書いたが、恐らく社内旅行で撮った集合写真の実績を買われたのであろう。

H君はこの4月からの新年度で幹事になったばかり。最初のうちは何かと大変だと想像する。社内旅行での雑文には「写真係は絶対にやらない」と締めくくったものの、我輩の技術が必要とされているのであれば出来るだけ協力しようと思い、引き受けることにした。

集合写真となれば、色々と考えねばならないことがある。
例えば、撮影場所や人数によって撮影距離が変わるため、ストロボの発光量もそれに応じて調整せねばならない。光量が足りなければ、ストロボを追加することも必要。会場の天井が白色であれば、バウンス撮影も考えよう。

カメラは1,000万画素のデジタル一眼レフカメラ「Nikon D200」でも十分だが、敢えて中判カメラを使うことによって"ただ者ではない雰囲気"を演出しようと思う。レンズ沈胴式の「New MAMIYA-6」ならば通勤カバンにも入ろう。

集合写真で必要となる撮影条件についてはH君に訊けば良いのだが、こちらからあまり熱心に動いても「写真係を頼まれて嬉しかったのか」と思われるのもイヤであるから、少し様子を見ていた。そして職員総会の数日前になってH君に「そういえば集合写真の件・・・」などとさりげなく声をかけてみた。
するとH君は、「ああそうそう、集合写真は中止になったんですよ。」と言うではないか。

「例年だと会場の階段をひな壇代わりにして撮るんですけど、今回は品川からの移転組みがいるので人数が多くなって無理だということになったんです。」
「・・・。」
「その代わり、スナップ写真を撮ることに決まりました。」
「・・・いやでも集合写真はあったほうがいいと思うが。」
「もう幹事会で決まったんで。多数決で決まったんです。」
「・・・しかしなあ。」
「まあ、適当に撮ればいいですよ。」

なぜそういう重要なことを、我輩が訊くまで言わんのだ。今さら、スナップ写真だと言われてもな・・・。
もしスナップ写真ならば、我輩の技術や機材云々の話ではなく、誰でも良い話ではないか。「適当に撮ればいい」というのであれば、それこそ幹事が進行の合間を見て撮れば済むこと。我輩はまるで、タダで利用出来る便利屋扱いである。「写真好きだから喜んでやるだろ」とでも考えているのか。

いやそれよりも、実際に撮影する我輩を無視して幹事会で勝手に決め、その内容を一方的に指示してくるというのは筋が通っていない。我輩のいないところで勝手に変更するならば、自分たちで勝手に撮れと言いたい。
しかし職場の人間に対して、思ったことをそのままブチまけるわけにもいかぬ。それが現実社会である。

待てよ、職人Wさんだったらこういう時に遠慮無く怒鳴るのではないか? 頼むほうにしてみれば何でもないことだが、頼まれるほうはメンツを潰されているわけだからな。
もし、このシチュエーションが同じだとしたら、Wさんの怒鳴る気持ちは解る。
職人というのは、こだわりがあるからこそ職人。勝手に話が変わったうえに「適当にやっとけばいいですよ」などと言われれば、「だったらテメエがやれよ」となるのは当たり前。

それにしても、H君は川崎に来てから知り合ったが、結構融通が利かないな。真面目過ぎるのか・・・?
別の人間の反応を見るため、前年度の幹事であった後輩Kに話をしてみた。
「総会の集合写真、無くなったって聞いたけど?」
「そうなんすよ。でも集合写真あったほうがいいっすよね。」
「おお、やっぱそう思うか。」
「でも今回、人数が多いから難しいですよね。」
「まあ、それはオレが考える問題だから。で、もし撮れたら撮ってもいいと思うか?」
「いいんじゃないすか。撮りましょうよ。」

よーし、こうなったら、我輩の独断で集合写真を強行するか。職員総会の後半は懇親会であるから、その締めの直後で声をあげてみよう。それであれば、進行を妨げるのも最小限で済む。
ただし、幹事のメンツを潰す危険性は大きい。何とかギリギリまで調整を計りながら、可能な範囲内で我輩のワガママを押し通したい。そのためにも、依頼されたスナップ写真は全力で撮るつもりである。義務を完全に果たせば、こちらの要求は通り易くなろう。

さて別の問題として、撮影人数と会場の問題である。
聞くところによれば、パートも含めて60人は出席するとのこと。
「60人・・・、前回の社内旅行では35人くらいだったが、二倍近くか・・・。」
この人数になると、前列の者がしゃがんだ程度では、人が多過ぎて後ろの顔が隠れて写せまい。ひな壇での撮影が理想的だが、階段を使っても全員が並ばない。

「くそ、集合写真を撮ろうと目論んだものの、結局は幹事会の決定と同じ結論に落ち着くことになるのか?」
何か良い方法は無いものか。
2回に分けて撮ることも考えたが、集合写真の価値が大きく損なわれる。せっかく思い切ったことをやろうとしているのに、結果がこれでは強行する意味が無い。

とにかく、思い付くキーワードでインターネット上で検索してみた。何かヒントが欲しかった。
すると、脚立を使って集合写真を撮ったというブログが目に付いた。
脚立か・・・。
「なるほど、脚立に上って見下ろせば、同一平面上に多人数が集まっても顔隠れは軽減されるな。」

我輩の中で、作戦は固まった。後は当日を待つのみ。


総会当日。

勤務時間中に幹事のH君からメールが届いた。見ると、職員全員に送ったものだった。
「本日の集合写真の撮影は中止となりました。代わりに、我輩社員によるスナップ撮影が行われます。」
むむ・・・くそ、我輩の策略に対して先手を打ってきたか? 考え過ぎだとは思うが、もしこれがH君の対抗策であるならば、侮れぬ相手と言える。

我輩はH君に気付かれぬよう総務課から脚立を借り、会場に持ち込む用意をした。アルミ製の軽いものであるから、最悪の場合でも抱えて持って行く。
しかし幸運なことに、総会に必要な小道具に紛れ込ませて車に積み込むことに成功した。
それでも、荷物を降ろす時には脚立がH君の目に触れるのは避けられず、「なぜに脚立・・・?」という表情をしていたため、思い切ってH君に打ち明けた。
「あのさ、最後に集合写真撮ってもいいよな。あくまで個人的に。」
「え・・・。」
H君の反応は曖昧だったが、とりあえず告知は出来た。

会場に入ると、後輩Kに撮影の計画を話した。
「いいんじゃないっすかね。製作のみんなも、いつもは作業着なのに今日はドレスアップして来てるし。撮ったほうがいいっすよ。」

さて、総会とそれに続く立食形式の懇親会。我輩はデジタルカメラ「RICOH GR-Digital」に「National製大光量ストロボ」を装着し、酒も飲まずにひたすらスナップ写真を撮りまくった。会場の天井が白いこともあり、バウンス発光による撮影である。このストロボにはサブ発光部があるため、バウンス撮影にしては顔の表情も明るく照らせるのが良い。
会計報告、新旧幹事の交代の挨拶、お偉方の挨拶と乾杯。そんな中で我輩は前や後ろに回り込んだり、腕を伸ばしてハイアングルで撮ったりと様々なアングルを捉えた。並の職員では気後れするシーンでも、積極的に前に出た。手を抜かずに全力で撮影する我輩の意気込み。これが、我輩なりの筋の通し方である。

幹事の一人が近付いて我輩のカメラを覗き込んだ。我輩と同じくらいの歳だろうか、まだ名前も覚えていない人間である(仮に"カメラ好き氏"と呼ぶことにする)。
「いやー、ボクも一眼レフ持ってくれば良かったかなー。」などと笑っている。
何を今さら。だったら最初からテメエが撮れよと思ったが、ただ単に「オレ、一眼レフ持ってんだぜ」ということを言いたかっただけのようだ。まあ一眼レフとは言っても、恐らく「EOS Kissデジタル」程度であろう。安心しろ、我輩も一眼レフは持っているが、敢えて持って来なかっただけだ。

確かに、スナップ写真にはレスポンスの良い一眼レフは有用である(あくまでデジタルカメラ前提の話)。
しかし、広い室内でのバウンス撮影となれば、大光量ストロボを使ったフル発光は必要となる。そうなるとストロボチャージ時間で待たされるため、いくら速写可能な一眼レフであろうと意味が無い。
ならば、小型ボディかつクリップオンストロボ装着可能な「GR-Digital」が良い。カバンの空いたスペースに、肝心の「New MAMIYA-6」が入ることになる。

スナップ撮影では、会の進行を撮影したり、談笑している自然な表情を撮影することはもちろんだが、各テーブルを回って「ハイ、チーズ!」で撮影したりもする。その際、「中止とは言ってますけど、後で集合写真撮りますんでヨロシク。」と根回しはしておいた。ただし、談笑に忙しい連中は多いため、全員に根回しするのはさすがに不可能ではあった。

さて懇親会が終わり、最後に一本締めである。
我輩はいつでも集合写真に移行出来るよう、「New MAMIYA-6」をスタンバイさせている。しかし最後の最後まで空気を読んでいた。特に、幹事のうち進行役の2人(H君とカメラ好き氏)には注意し、「全てが終了した」という安堵感の隙を突く。

我輩は、一本締めの直後にサッと2人の間に割って入った。
「今これから、集合写真撮るけど、いいかな?」
カメラ好き氏がすぐに反応した。
「えーっ、そんな話なら、一眼レフ持ってきたのに。」
一方、H君はちょっと驚いている。しかし何も言わない。
「個人的に撮るだけだから。」
我輩はそう言って会場内に向き直り、「集合写真を撮りますよー!」と叫んだ。一部に「えーっ」という声が聞こえてきた。なんだ?この「えーっ」というのは。やはり根回しが足りなかったか。そもそも、最初から空気を読み違えていたのか?

それでも、今さら後へは引けぬ。会場の前に移動してもらうよう誘導していたが、酔っぱらいばかりのせいか動きが遅い。そうこうしているうち、H君がサッと近付いた。
「どうしても撮りたいですか?」
そして、H君はマイクを使って皆にアナウンスした。
「我輩さんが集合写真を撮りたいそうなので、前のほうに移動して下さい。」
ようやく、皆が前に集まり始めた。

我輩は脚立をセットし、その上からファインダーを覗く。やはり人が多く、両脇がハミ出す。なるべく見下ろし角度を大きくとりたいため、出来れば後ろに下がりたくない。酔っぱらい相手に苦戦しながらも、ようやく一定の枠内に人を押し込めることに成功した。

まずはデジタルカメラを使ってテスト撮影。
適正露出を確認した後、続いて同条件で中判撮影を2枚行った。
「お疲れさまでしたー。」
誰ともなく、声があがった。我輩もほぼ同時に同じ言葉を言った。

脚立から降りる我輩に、U副所長殿(雑文282で登場した営業課長)が我輩の肩を叩いた。
「ちゃんと撮れてっかぁー?」

次に、印刷営業のヤリ手が声をかけてきた。
「こんな大人数相手にすんの、やっぱ大変っしょ。しかも酔っぱらいだし。」

製作のオジさんも近付いてきた。
「おい、お前さんは写真に入らなくてもいいのか?」

声をかけてきた者は、誰も集合写真に否定的な言葉ではなかった。それだけが救いだった。
もちろん、不満のある者は口をつぐんでいるのであろうが、それでも全員が否定的でないと判っただけでも、良かったと思う。そうでなければ、撮影後も「我輩のやったことは間違っていたのではないか?」という気持ちが心の片隅に残ったことだろう。

最後に我輩は、2人の幹事のもとに行った。
「すまんかったね、でも集合写真の依頼が来た時にフィルム買ってしまったから、撮るしかなくてさ。」
もちろん、これは完全に言い訳である。フィルムなど自宅に100本もある。今回はそのうち1本持ってきたに過ぎぬ。それでも、何とか幹事のメンツを潰さぬような言葉を考えたつもりだった。
H君の肩に手を置いたが、H君は黙って頷くだけだった。
カメラ好き氏のほうは、「フィルム?!」と驚いていたが、それ以上何か言うわけでも無かった。

我輩は脚立を片付け、カメラをカバンにしまって会場の外に出た。
桜の花びらが暗い空に舞っていた。そこで、やっとホッと一息ついた。
すると、同じく会場から出てきた1人の製作現場のおばさんが近付いてきた。
「集合写真、どうもありがとうございました。」
我輩は、深々とお辞儀されて少し戸惑ったが、こちらもお辞儀をして応えた。

我輩は、お礼を言われるためにやったのではない。しかし、お礼を言われると、それまでの苦労が消えるような気がする。恐らく、努力や苦労を理解してもらえたと実感するからであろう。
多くの者は、集合写真を撮ることなど何の苦労も無いと思っているものだ。それが普通の感覚だろう。だが、さすがに全員がそういう状態であれば、努力することがいつか空しくなり、職人Wさんのように怒鳴る人は怒鳴るのだろう。
我輩の場合、理解者が幾人かいてくれて良かった。たった一人であっても、理解してくれる者がいれば努力の甲斐があるのである。


さて結局、スナップ写真の撮影枚数は100枚を越えた。フル発光のストロボ撮影にしては、かなりの枚数と言える。よく電池が保ってくれた。
一方、集合写真については、中判写真の現像はまだ出していないが、デジタルカメラのほうのテスト撮影では、皆の表情がよく写っていた。ふと見ると、集合写真に抵抗していた幹事のH君が、笑顔で写っていた。
しかも、大きくポーズを取って楽しそうに写っていた。


(2007.04.24追記)
集合写真は、撮影技術的には失敗無くキレイに写っていた。
それでも、顔が隠れたり目つぶりしていた者がいたのだが、念のために2枚撮影していたおかげで、良いところだけを合成して1枚の写真に仕上げることが出来た。

ところで、前回撮影した社内旅行の集合写真の時は、"希望者への販売"という形をとったため、焼増し注文率が約7割程度にとどまってしまった。こういう結果が出ることは、撮影した我輩としては撮り甲斐を無くす。
そこで今回は、完全に全員配布する目的で、キャビネ判焼増し費用(計2,200円ほど)は我輩の自腹とした。精神的な損失に比べれば、多少の費用の負担はやむなし。