2000/04/05
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表紙

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カメラ雑文

[542] 2005年07月26日(火)
「シンちゃんのミニカー」

前回の雑文539「あの時代のあの場所」でも書いたが、我輩は幼い時に県営の長屋住宅に暮らしていた。
長屋であるから隣の庭など繋がっており、子供同士でも行き来が多かった。
ただ、部屋は狭いため子供は外で遊ぶのが当たり前で、投げゴマや鬼ごっこなどをしていた。

特に仲が良かったのが、隣に住んでいた我輩より1つ上の「シンちゃん」という兄ちゃんであった。
今思うと、シンちゃんはこだわりのあるタイプのようだった。

当時、子供たちの間で流行っていた投げゴマだが、それは鉄製の換え軸式(非貫通)の厚みのある木製コマが主流だった。その軸にヒモを引っかけて巻き、勢い良く投げて回し、コマ同士ケンカさせるのである。
この鉄軸には幾つか種類があり、我輩などは1種類しか持たなかったし必要も感じなかったのだが、シンちゃんは色々な種類の鉄軸を持っていた。その中でも自慢の鉄軸があったようで我輩にそれを見せてくれたりした。

ある日、珍しく室内で遊ぶことがあった。シンちゃんが、新しいミニカー(トミカ)を買ったというので、見に行ったのだ。
我輩はシンちゃんのミニカーを交えて一緒に遊ぼうと思い、自分のミニカーを右手に持っていた。
シンちゃんの家は、当然ながら我輩の家と間取りは全く同じ。しかし家具などの配置が違うので不思議な感じがした。我輩の家ではタンスが置いてある場所に、本棚が置いてある。そして、本の背の前にあるスペースにズラリとミニカーが何台も置いてあった。
ミニカーはキレイに並べられており、しかも新品状態のピカピカ。それはそれは見事な光景だった。

「うわー、シンちゃん、スゲーキレー!なんでこんなんキレーなん?」
「遊ばんけよ。飾っちょくだけやけん。(遊ばないからだよ。飾っておくだけだからね。)」

我輩はシンちゃんの言葉に衝撃を受けた。
遊ぶためのミニカーを遊ばずに飾っておく・・・。今までそんな発想など微塵も無かった。そのため、不意に全く違う世界を見せられたような気がした。

我輩は、右手に持った自分のミニカーに目を落とした。
塗装は擦れて艶を失っており、しかも所々剥げていた。ミニカー同士を衝突させて遊んだり、乱暴に走らせたりしていたのだから当然である。

結局この日はシンちゃんとミニカーで遊ぶことは無かった。そのことは残念だったが、正直、我輩もあの綺麗なミニカーを傷付けるようなことはしたくないと思った。
この気持ちは、初めてその時感じたものかも知れない。

こういう体験が今の我輩の思想を作り上げた要素になっているかどうかは分からないが、十分ありそうな話である。
元々我輩は、(他の子供と同じように)実用しか考えなかった。オモチャは手にとって遊ぶ。遊べば消耗する。そして、いつかそのうち壊れる。我輩などは遊び方が乱暴だったのか、壊れなかったオモチャはほとんど無い。

当時の我輩は、「シンちゃんのミニカーの遊び方は自分とは違うんだな」という認識を持ち、自分はそれ以降も今までと同じようにオモチャを遊び潰してきた。
成長してプラモデルを作れるようになった時も、外見重視のディスプレイタイプよりも遊び重視のモーターライズを迷わず選択した(車のプラモデルは組み立て方法によりどちらか選択出来る)。
ただ、あのキレイなミニカーの姿は、深く心に刺さったままだった。

大人になった現在、我輩は自分のお気に入りのカメラをいつまでも実用するため、「Nikon F3」の未使用ストックを持つ。それらストックは、触れてはならぬカメラをコレクションすることでは決してない。いつか実用するための大事な在庫である。

今の時代、新しい製品のほうが性能も良くその都度買い換えていけば効率が良い。しかし、時代を貫く良い物と巡り会った時、その考えは根底から覆(くつがえ)る。
自分にとって良い道具に巡り会えた我輩は、いつまでも新品のままそれを使い続けたいと思った。今までオモチャを遊び潰してきた我輩の無理な注文である。それを現実に近付けるのが、ストックであった。

シンちゃんの影響は、時代を経て我輩の思想と結び付き、実用主義を補完するための手段を選択させた気がする。
現実問題として未使用品がどれだけの期間保てるのかは分からないが、雑文464「オークション(3)」でも書いたように箱のまま長期保存されたNikon F2チタンでも大きな問題は無かった。電子カメラF3でも、それ自身の販売実績を考えると20年は大丈夫かと思う。

シンちゃんのミニカーは、今でもキレイな姿を保っているだろうか。


(2005.08.22追記)
当雑文を読んだ我輩の母親からの指摘で、「シンちゃんは2つくらい上だった」とのこと。