[722] 2011年05月15日(日)
「カワセミ撮影 (フィルムカメラ編)」
●深い色ならばリバーサルフィルム
カワセミ写真について、ある程度デジタルカメラで実績を上げたところで、色の深いリバーサルフィルムでも撮ってみたくなった。
何しろ、カワセミ写真は色彩こそが命。
いくらモノクロ派の人間であっても、カワセミをモノクロで撮る変態などおるまい。カワセミをモノクロにしてしまえばスズメと区別がつかなくなる。
ただし、我輩がフィルム撮影でのメインと位置付けている中判カメラでは、カワセミ撮影は難しかろう。
何しろ、我輩所有の中判レンズでの最大焦点距離はBRONICAの250mmで、1.4xテレコンバーターを使ったとしてもせいぜい350mm。それは、35mm判換算では200mmちょっとでしかない。
ただでさえ小さなカワセミであるのに、少々離れた場所から200mm相当で撮るのは無理がある。
そこで、フィルム撮影は35mm判を使うことにした。デジタルカメラと同じくフィルムカメラもニコン製を使えば、レンズ環境はこれまでの撮影のままを引継げるので好都合。当然ではあるが、「Nikon F3」の投入を決めた。これにモータードライブを装着すれば無敵となるはず。
今回、「Nikon F3」と「モータードライブMD-4」については新品を下ろすことにした。35mm判の出番が少なくなった分、ここで活躍させたい。無論、未使用のF3は他にあるので、この決断となった。
防湿ボックスから取り出したF3は、まだ電子基盤の新しいニオイがする。
モータードライブには単3型のエネループ(サンヨー製充電池)を込めて動作確認。異常無し。
ただ、最近は35mm判の出番が少なかったこともあり、フィルムのストックが2本くらいで、しかもISO100だった。
デジタルカメラ「D700」での撮影ではISO800までは画質低下も無いわけだが、フィルムの場合、感度の違いは画質の違いである。カメラ店店頭で、どのフィルムにしようかと少々悩んだが、ISO400はやりすぎだと思い、ISO200で妥協することにした。「Kodak ED-3(ELITE CHROME)」の3本パックがあったのでそれを購入。
フィルムを新品F3に装填し、モータードライブで1コマ目まで巻き上げる。
シャッターレリーズの音は、まさにフィルムを使ったカメラ特有のもの。「カシャッ」というシャッター音に続いて「ウィーン」とフィルムを巻上げる音がするのは、デジタルカメラには無い独特の音階。
連続的に表現すると、「カシャウィーン、カシャウィーン、カシャウィーン」というところか。
頼もしく力強い巻上げ音がして準備は完了。最近はデジタルカメラの軟弱な音に辟易としていたので、久しぶりに気合が入る。
●フィルム撮影1回目(3月5日)
新品の「Nikon F3」と「モータードライブMD-4」を投入したカワセミ撮影であるが、その勢いのある音にカワセミが驚くのではないかと少々心配もしたが、近くで道路工事が行なわれているようで、時々「ドドドドッ!」と大きな音が響いている。こうした環境では、F3程度の連写音が問題になるはずもない。
<新品のNikon F3> |
|
[Nikon D700/24-120mm] 2011/03/05 13:45 |
ただし、ピントを合わせにはかなり難儀した。
我輩はマイクロプリズム派なのだが、望遠レンズの暗いF値のせいで、マイクロプリズムが翳(かげ)ってしまい使い物にならない。それは、スプリットプリズムも同様。
仕方無いので、周辺のマット面でピントを合わせることにしたのだが、これがなかなか難しい。前後のアウトフォーカスの中央にピントが来るはずなのだが、なぜかピントの山が見えない。視力が低下して、取り付けてあった視度補正レンズのディオプター(視力度数)が合わなくなったようだ。これは計算外。
やむなくメガネを掛けたうえでファインダーを覗いたのだが、我輩のメガネは上下に狭いため、上部視野がメガネ枠から外れてしまう。見づらくてしようがない。必死にメガネを上に持ち上げながらファインダーを覗いた。
それにしても、やはりISO200ではシャッタースピードが遅い。
実は今回、2xテレコンバーターを使って合成1,000mmとしている。トリミングの利かないフィルム撮影では、拡大のためにはレンズの焦点距離を大きくするほかないからだ。
しかし2xテレコンバーターを使うとF値が2段暗くなるため、「500mm F8」のレンズが「1,000mm F16」となってしまう。この条件では、シャッタースピードが1/30〜1/60秒くらいであった。
これまでは、省スペースの簡易三脚「ポールポッド」を使っていたのだが、さすがに1000mmレンズでは、いくら手で支えていようともファインダーから見える細かい振動が抑えられない。この振動を1/30〜1/60秒のシャッタースピードでは止められないことは明らかで、最終的にはテレコンバーターを外さざるを得なかった。
しかしテレコンバーターを外した場合であっても、シャッタースピードは1/125〜1/250秒と、厳しいことには変わりは無い。
ちなみにこの日は、カワセミの遭遇回数が1度だけということもあり、撮影枚数はたったの8枚という結果。
フィルム1本を撮り終わることが出来なかったため、現像結果は次回撮影まで見ることは出来なかったわけだが、後日現像してみると、予想したとおり大部分がブレており採用出来るものは無かった。
●フィルム撮影2回目(3月6日)
ここにきて我輩も、完全に本気となった。
三脚は、我輩の持つ中では最も頑丈な、ベルボン製「フィールドエース」を使うこととした。
この三脚は、これまで中判カメラの室内撮影でしか使ったことの無かったもの。カーボン製ではなく全金属製のため重量はあるが、これまでポールが1本伸びただけの「ポールポッド」に比べるとさすがにガッチリしている。これならば、テレコンバーターを装着した1,000mm相当の超望遠でもブレ無く使えるだろう。
元々、「ポールポッド」を使い始めた理由は他人の迷惑になることを避けたかったからである。何しろ「ポールポッド」は、自分の立っている足下のエリアをハミ出ることがない。
今回は、少々脚の広がる三脚を使用しても、邪魔にならずに撮影出来そうな場所だと判断し、「フィールドエース」の投入を決めたわけである。
<ベルボン三脚「フィールドエース」を投入> |
|
[Nikon D700/24-120mm] 2011/03/06 14:26 |
また、F3には高倍率ファインダー「DW-4」を装着した。
このファインダーは大型アイカップ付きの6倍ルーペ式で、しかも視度がヘリコイドにより広い範囲で連続的に調整出来る。もちろん像が拡大された分、視野も格段に広がる。例えるならば、テレビ画面が映画スクリーンに変わったくらいとでも言おうか。広い視野のせいで目玉をグルグル回さねばならぬくらいである。
こればかりは、実際に体験せねば理解出来まい。
さらには、ファインダースクリーンは望遠用に最適化された全面マットスクリーン(望遠用)に換装。
我輩のF3アクセサリ在庫には、ファインダースクリーン全ての種類があるため、その中から選ぶことが出来たわけだ。
これにより、テレコンバーターを装着して「1,000mm F16」となった状態でも、ピントの山がハッキリと分るようになった。
<高倍率ファインダーを装着したNikon F3> |
|
[Nikon D700/24-120mm] 2011/03/06 14:27 |
同じカメラでここまでカスタマイズ出来るのは、かつてプロ用カメラとして必須条件だったシステム性によるところ。特に、Nikonのプロカメラ(F一桁系列)でのシステムはきめ細かく、様々な分野のプロたちに対応出来るようになっていた。
ただ単に、壊れにくいカメラを作るだけでプロ用カメラを名乗れるわけではない。
<システムにより多様に変化出来るプロ用カメラNikon F3> |
|
一方、現在全盛のデジタルカメラでは、プロ用であろうともかつてのようなシステム性は無い。なぜならば、デジタルであるが故に、カスタマイズもデジタル的に解決する傾向にあるからだ。
全ての処理はデジタルで、そして出力は液晶ディスプレイで完結してしまおうという現在のやり方は、確かにソフトウェア上でいくらでも好きなことが出来る。
だがそれは、与えられたハードウェア能力の範囲内での話であり、ある意味、予め(設計時に)想定した範囲内での調整しか出来ない。
デジタルカメラの場合、例えばファインダー像を大きく見たいのであれば、ライブビューに切り替えて背面液晶モニター上で拡大することになるが、そうすると全体像が映らなくなってしまう。全体を表示しながら詳細を見ることは今のところ液晶モニターでは不可能。液晶画面をルーペで拡大しても、画素が見えるだけで何の意味も無いのだ。
また、少し距離を離してファインダーを見ようとすると、やはり背面液晶モニターに切り替えることになるが、外光が明るい環境ではまず見えない。
こういったケースでは、やはり、光学的な解決が不可欠であろう。それはつまり、ハードウェアの換装が必要になるということだ。
もっとも、このように考えるのは過去の素晴らしいシステムを知っているからこそ。
もはやデジタルカメラしか知らぬ世代が多くを占め、不便に気付かずデジタルカメラを使っている者がほとんどであろう。高級料理を食べたことのない者に、高級料理の美味さを論じてもムダというもの。
それにしても、高倍率ファインダーを装着したF3を改めて見ると、カメラのシルエットが面白い。
そして、それを構える人間は上から覗き込むようにしているのだから、普通のカメラとは違うことが一目瞭然。
システムカメラ「Nikon F3」を使うことの醍醐味を、今初めて味わった気がした。
ただ残念なことに、この日もカワセミはほとんど現れず、4時間半ほど粘ってみたものの、飛来したのは2回ほど。うち1回は通過のみで、せっかくの本気機材でありながら撮影枚数は20枚程度にとどまった。
●フィルム撮影3回目(3月26日)
この日は風がかなり強く、小さなカワセミなど吹き飛ばされそうに思うのだが、我輩自身による都合のため、この日に行くことにした。
ただ快晴ではあるので、露光的には理想的ではある。
撮影機材は前回と同じく、高倍率ファインダーを装着した「Nikon F3」と、テレコンバータで1,000mm相当にしたレフレックス500mmである。
<今度こそ、カワセミをリバーサルフィルムに焼付ける> |
|
[Nikon D700/24-120mm] 2011/03/26 12:31 |
改めて三脚に設置したカメラを見たところ、少々バランスが悪いのが気になった。
本来であれば、マウント部に負担がかかるのを避けるため、重量の大きいほうを浮かせないようにするもの。この場合では、中身が空洞のレフレックスレンズよりもカメラボディのほうが圧倒的に重いので、ボディ側を三脚に載せるべきであろう。しかし、もう1台のデジタルカメラ「Nikon D700」とレンズを共用させるため、レンズが三脚に載っているほうが運用上都合が良い。
強風は止む気配が無く、ビニールゴミなどが空に舞い上がるほどで、小さな鳥などはとても飛べそうもないように思われた。
ところが意外にもカワセミは何度も現れ、シャッターチャンスを提供してくれた。しかも、飛来する直前に「チーッ」という鳴き声が聞こえることが分り、それ以降はタイミングが図り易くなった。
ただ、さすがにカワセミにとっても強風は手強いようで、別の枝に飛び移ろうとしたものの強風に押し戻されて、かろうじて元の枝に止まったりと苦労していたのが印象的。
さて、高倍率ファインダーで見ると、フォーカシングスクリーンマット面上の微妙なピントのズレがよく分かる。その分、ピント合わせの動作も慎重になり少々時間がかかってしまうが、ピントが合ったという確信がその場で得られるので、心の迷い無く自信をもってシャッターレリーズが出来るのが良い。
左右逆像になるのは仕方無いが、中判66カメラを使っていると思えばすぐに慣れる。
もちろん、AF機材として強力な装備があればそのようなファインダーシステムが無くとも事足りるのかも知れないが、決まった距離の被写体を何枚も撮るには、シャッターボタンを押すたびに測距し直すのも煩わしく、結局はMFに切り替えてフォーカスを固定するほうが楽になる。
そもそもAFに任せるとしても、目でのピント確認は必要であろう。
カワセミは比較的長く枝に止まっていたが、強風のせいで羽根がめくれ上がるなどするので、無条件にシャッターが切れるものでもなかった。
それでもやはり、モータードライブの音を景気良く響かせながらシャッターを切るのは爽快である。
フィルムを1本撮り終わると、次にフィルムを巻戻すわけだが「ウィィィーン」という音がまた懐かしい。何しろ、デジタルカメラはもちろんのこと、同じくフィルムカメラであっても中判カメラでは巻戻し動作が無いのだ。これは、35mm判特有のものと言えよう。
そして、「パカン」と裏ブタを開け、次のフィルムを装填して何度か空シャッターを切り、「パコン」と裏ブタを閉めてまた空シャッターを切る。
今度の撮影では残りのフィルム2本分を使い切り、すぐに現像に出した。
出来上がったフィルムは、背景の色合いに少々不満があったが、カワセミの色はそれほど悪くはなかった。鮮やかな色なだけに多少の色の変化には強いのかも知れない。
微妙な色の違いが気になるのは、いつもデジタルカメラで撮ったRAWデータの色合いが中庸になるよう調整しているせいでこのように感じてしまうのであろう。
時間が経つに従って徐々に陽が傾けば、当然ながら赤味が増えてくる。それは当然のこと。
もしそれがイヤならばCCフィルターで補正するべきで、色合いに不満があるのはフィルムのせいではない。そもそも、フィルムはあくまでも正直に(※)色を表現しているのであり、撮影者が「これは黒だ」と言えば白であっても黒にしてしまうようなデジタルカメラとは違うのだ。
(※「正直に」というのは現実そのままの色という意味ではなく、フィルムに与えられた仕様に対して忠実にという意味である。)
<フィルム撮影したカワセミ> |
|
[Nikon F3/Reflex500mm] 2011/03/26 12:31 |
それにしてもやはり、フィルムは色が深い。
バックライトが明るければ、それに応じて光の幅が深くなる。そして、写真と現実が近付く。
デジタル写真では、規格で決められた範囲とステップ(刻み幅)での数値内で色を表現するのみであるが、銀塩(リバーサルフィルム)では自然光に近い状態にまで持っていくことが出来る。そこが、電子写真と銀塩写真の違いである。
(※アナログであっても電子映像ならば表現範囲は狭い。そういう意味では、アナログ写真とデジタル写真の違いということではなく、あくまでも電子写真と銀塩写真の違いである。また、原版がリバーサルフィルムであっても、それをスキャンし電子化してしまえば色の深みは消失してしまう。)
さて今後のことだが、デジタル写真、銀塩写真を通じて多くのカワセミの写真を撮ってきたところで、もはやこれ以上この場所で撮影しても同じような写真にしかならないことを悟った。
もちろん、繁殖の時期にはつがいで現れることもあるらしいのだが、我輩が今回求めたのは生態写真ではなく、カワセミの美しい色合いを写真に収めるということであった。
だから、同じような位置や距離からの写真が何枚もあるというのは、最初にカワセミを撮ろうと思った動機から外れてしまうのである。
撮影会と同じで、決まったところで決まった写真を撮るならば、引き際が肝心というところ。
|