[684] 2009年12月25日(金)
「こうも感覚が違うのか」
客先にて、あるコンペが行なわれた。
客先の取扱製品を3次元CG(コンピュータグラフィックス)で表現してコンテンツ化するというものである。我輩の勤務先でもこのコンペに参加することとなった。
なんとしても受注するという社の方針により、今回、プロジェクトが立ち上げられ、我輩はそのメンバーの一員として加わることになった。
なお、本雑文では製品に関する具体的なことは書けないため、ここから先は、製品をカメラに置き換えて話を進めることにする。当然ながら、実際の製品はカメラではない。
さて、今回のプロジェクトの主要メンバーは3人。田町のG課長、品川のK君、そして川崎の我輩である。我輩は主に提案書の作成を担当することにした。
プロジェクトゆえに、メンバーそれぞれの所属する営業所が違うため、打ち合わせは田町の営業所に集まって行なわれることが多かった。
コンペの仕様としては、客先から支給される製品CGデータを基にレンダリングを行い、実物と違(たが)わぬ映像を作ることが要求された。特に、ライバルメーカーのコンテンツクオリティを越えたいという要求もあることから、我輩としてはクリアすべき目標が明確に見えた。
ただ今回は納期がかなり短いため、小規模な体制しか無い社内ではなく外注業者に出すことにした。
外注業者の候補はA社、B社と2社あり、業者選定のために「CGレンダリング作例」を提出してもらうことにした。
後日、その作例が提出されたとのことで、我輩は打合せの場へ赴いた。
作例を見ると、A社のものはまるで塗り絵のよう。問題にならない。どのようにレンダリングすればこのようになるのかを逆に問いたいくらいの出来だった。
その点については、メンバー全員の意見は一致した。
次にB社の作例だが、これはA社の作例よりはまだマシだったが、それでも平面的に見えて違和感が残る。
<B社が作った作例CGを再現したもの> ※実際の製品はカメラではない |
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我輩はそのことを他の2人のメンバーに言ったところ、CG技術に詳しいK君が「じゃあフチの部分の光沢を強くしてもらいますか?」と言った。
我輩はその言葉に驚いた。
「あ、いやそういう部分的な問題じゃなくて、全体的におかしいと思わないか?」
「う〜ん、まあ確かに刻印の描写が鮮明じゃないですね・・・。」
「いやだから、そういう部分的な話じゃなくて・・・何と言えばいいのかなぁ・・・。」
K君は、我輩が伝えようとしていることをなんとか聞き取ろうとしていたが、我輩の側に伝える術が無かった。
いやそもそも、違和感を持ったのが我輩1人だけだったということがショックであった。
結局、業者としてはB社を選び、改善要望点をK君が取りまとめてB社に送ることになった。
打合せ終の帰り際、我輩はK君に聞いてみた。
「キミはCGデザインコンテストで賞を取ったほどなのに、この描写力で許せるのか? 我輩には別の製品に見えるぞ・・・。」
「うーん、満足とは言えませんけど、根本的なことを言うなら元の3Dデータが悪いとしか言いようがないですよ。」
「いや・・・、そうじゃなくて・・・、レンダリングの方法が違うとか・・・、うーん、どう言えば良いんだ・・・。」
我輩のほうは提案書を仕上げねばならないため、CGの件はとりあえずK君に任せ、改善要望が反映されたものがうまくCGのクオリティ向上に繋がることを信じることにした。
3日後、B社からCG作例の修正されたものがメールで届いた。コンペ提出期限まであと数時間とギリギリである。さあ、どんなふうに変わったか・・・。
しかしその画像を見て、我輩は落胆した。
「全く同じじゃないか。どこが変わったんだ? これじゃ、コンペに提出しても落とされるぞ・・・。」
我輩は慌ててK君に電話してみた。
「以前より良くなったと思いませんか?」
K君はこのように言った。
「一応、こちらからの指摘事項はクリアしてますし・・・」
我輩はK君の言葉を遮った。
「いやこれじゃコンペ通らんわ。指摘事項はクリアしたかも知れんが、全体の印象はまるで変わってないと思わんか?」
しかし先日のように話が噛み合わないように感じたので、もう1人のメンバーであるG課長に相談しようと田町へ電話した。
そう言えば、CGに関するG課長の意見は今まで明確に聞いたことが無かったが、どう思っているだろう・・・?
ところがG課長は「前より良くなったと思うぜ。」と言うではないか。
「えっ、ちょっと待ってくださいよ、少しくらい立体感が欲しいと思いませんか?」と確認してみたが、これで十分勝負出来る出来栄えだと言うのだ。
我輩は、何がなんだか分からなくなってきた。
もしかしたら、我輩の感覚のほうがおかしいのだろうか? だがどう見ても、形や立体感は変化していないように我輩には見える。確かに各部分の光沢が増したようには思うものの、全体の印象は最初と変わらぬまま。
コンペ提出期限まで、あと3時間。
G課長は今回の営業担当であるから、間もなく提案書とCG作例がG課長から客先へメールで提出されることになろう。このまま何もしないで良いのか・・・?
我輩は少し考え、覚悟を決めた。
「CGのレンダリングがおかしいと思うので、私のほうで条件を変えてレンダリングやり直してみます。」
もう、言葉で説明しても解ってもらえない。
我輩の求めるものを画像として提示すれば、さすがにK君やG課長も、我輩の言いたいことを理解してくれるだろう。
正直言って、大変なことを言い出したもんだなと自分でも思った。
この言葉は、もしコンペで受注した場合には我輩自身がCG製作を行なうことを意味する。見本と製品が異なる環境で作られるのは問題があるからだ。
日々の営業業務に加えてCG製作もやることには不安もあるが、この時点で我輩は腹をくくった。
「おいおい、あと3時間しか無いぞ、間に合うのかよ。」
「自分としてはとてもB社の作例で出すのは抵抗がありますよ。とにかく2時間で作りますから、それを見てもらえますか? 比べてみてもらえれば解ると思いますから。」
「うーん、そうか。」
我輩は電話を切り、再びK君に電話をしてG課長とのやりとりを説明し、K君からCGの元データを送ってもらった。
今考えると、アドレナリンがかなり出ているくらい興奮していたように思う。
時間が無いという焦り、ここが踏ん張りどころだという使命感、もしうまく結果が出なかったらどうしようかという緊張感・・・。
成り行きとは言え、自分を追い込み過ぎたような気もする。しかし今この局面では、自分を信じて突き進むのみ。
早速、CGソフトにデータを読み込み、適当なライティングでレンダリングしてみた。その結果、B社の作例と同じようなものになった。
やはり、何も考えずにレンダリングすればこうなるのか・・・。
そこで我輩は、商品撮影の経験を活かしてライティングを組み立てることにした。
現実と同じように白レフや黒レフを置いたり、照明を調整したりした。
レンダリングは時間がかかるため、大体の結果が見えてきたらすぐに止め、また微調整してレンダリングし直すことを繰り返す。
だんだん、我輩のイメージに近い結果が得られるようになってきた。
1時間が過ぎ、昼休みになった。省エネのため、職場の室内灯が消されて薄暗くなった。
いつもならば我輩は早々に昼食を済ませ昼寝タイムに入るのだが、この日は全く眠くならない。
レンダリングの結果が良くなってくるにつれ、「もしダメだったらどうしようか」という緊張感は次第に消え、もはや純粋に時間が迫ることの焦りだけとなった。
最終的には大きな画像でレンダリングするわけだが、その見極めが難しい。手を加えれば加えるほど完成度が上がるだろうが、時間はもう無い。
我輩は、タイムリミットの10分前に調整を止め、残り時間で本番レンダリングを行なった。
画面上に少しずつ、我輩の組み立てたライティングでのCGが現れてきた。
小さな画面では気付かなかったようなアラも見えてきたが、もうこの時点では止められぬ。部分部分は仕方無かろう。全体を見渡した印象では、明らかにB社の作例よりも実体感が出たのだ。
<我輩がレンダリングし直したCGを再現したもの> ※実際の製品はカメラではない |
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我輩は、出来上がった3D画像に多少のレタッチを加え、K君とG課長にメールで送った。メール本文では特に説明することはしなかった。画像を開けば一目瞭然。見れば全てを理解してもらえるはずだ。
両方とも、受信確認メールはすぐに返ってきた。
「よし、やることはやった・・・。」
しばらくしてG課長から、コンペ提出メールが我輩にもBCCで届いた。提出期限に間に合ったようで良かった。
添付書類を見ると、当然ながら提案書とCG作例画像が添付されている。
作例画像を開いてみると・・・それは、我輩の作例ではなくB社の作例だった。
「なんじゃこりゃ・・・?」思わず声に出た。
我輩は急いでG課長に電話をかけた。
「なんでB社のほうを送ったんですか?! 私の作った作例のほうが良いと思いませんか? 自分が作ったものだから採用して欲しいとかそんな意味じゃないですよ。よりクオリティの高いものを用意したのだから、それが採用されないのはおかしいと言いたいんですよ。ぜひその理由を聞きたい。」
するとG課長は、我輩のCGには、赤い色が鮮やかさを失っているなど細かい点でアラがあると言う。確かに、B社が3日かけた仕事を2時間でやったのだからそれは認めざるを得ない。だが、全体を見た時の印象はまるで違うと思うのだ。まさか、全体の印象などどうでも良いとでも言うのか・・・?
我輩はガマンならず、「B社のはCGじゃなくて絵に見えるじゃないですか。これでコンペ通るわけがないですよ。」とハッキリ言ってやった。我輩としては、もう受注は有り得ないと、諦めの言葉でもあった。
それに対しG課長は、「オレは受注出来ると思うね。例えダメだったとしたら、オマエのCGでも通らないだろうな。」と返してきた。
結果がどう転んでも困らないような言葉なだけに少しズルイなと思ったが、最後に1つだけ確かめようと質問してみた。
「B社の作例は、お客さんのライバルメーカーのコンテンツよりもクオリティが高いと思いましたか?」
G課長は明確な答をくれなかった。
その後、互いに沈黙してしまったので、後日また話そうということにして電話を切った。
我輩はその後1週間、コンペの結果が出るまで複雑な心境だった。
理屈で考えれば、要求仕様を満たさぬ作例が通るはずが無い。しかし社として考えると受注して欲しい。そうは言っても、もし受注すれば今後我輩の意見はますます通らなくなろう。
そして、待ちに待った結果が出た。
受注ならず・・・。
逸注の理由として、「価格が高めで、CGのクオリティが要求レベルに達していない」とのこと。
G課長は「値段下げれば良かったなぁ」と言っているのだが、そもそもの条件としてCGのクオリティがライバルメーカーを越えることが必須であるから、CGのクオリティが要求レベルに達していないと言われた以上、価格がいくらであろうとも受注出来るわけがなかろう。
かと言って、我輩のCGを提出して受注出来たかと言われてもそれは分からない。
ただ今回一つだけ判ったことは、人の感覚(センス)というものは人それぞれで、自分では明らかにこれが良いと思えるようなものであっても、そう思うのは自分一人だけということも有り得るということであった。
他人が色々と調整しても我輩にはその違いが分からず、逆に我輩が色々と調整しても他人にはその違いが分からない・・・と。
そう言えば、一つ思い当たることがある。
5年くらい前、印刷業務で客先の商品のパンフレットを作る際に商品撮影をしたことがあった。
その時、その写真の著作権について知的財産関係の部署に問合せてみた。この写真には当社の著作権が存在するのかという点である。
それについて、「写真を見せてもらったが、商品撮影のように誰が撮っても同じ結果にしか撮れない写真は、著作権は発生しないだろう」との回答が返ってきた。
我輩は、著作権がどうのこうのはともかく、商品撮影についての位置付けが我輩とは全く異なることについて軽いショックを受けた。
誰が撮っても同じ・・・。まあ、そういう面も否定はしないが、我輩は我輩で小さなこだわりを写真に反映させて撮影しているのである。
ただそういうこだわりは、他人にとって何の意味も無いかも知れないし、逆に、こだわらなければならない点を我輩が見落としているかも知れぬ。そういう可能性はあろう。
こういう感覚の違いは、写真のシロウトかクロウトかということで済ませる問題では無いと思う。
なぜそう考えるのかという説明は難しいが、我輩の直感なのだ。
この件をきっかけに我輩は、手元にあったMP3プレーヤーを撮った写真を例にして、どのライティングで撮った写真が好ましく感ずるかということを、周囲の人間にアンケートを取り始めた(下の2点の写真)。
対象はもちろん、写真に興味を持たぬ一般人である。
<ライティングA> |
<ライティングB> |
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今のところ、上の2つの写真のうち、ほとんどの者がライティングBのほうが好ましいと言っているのだが、「液晶画面がハッキリ見える」とか「本体の色が鮮やかに見える」という理由でライティングAを選びそうになった者も何人かいたのも事実である。
今後も引き続きアンケート調査を続けるつもりだが、この結果がどうであろうとも我輩の写真に対する方向性が変わるはずも無いが、少なくとも業務で企画をまとめる際、考慮せざるを得なくなると考えている。
(2010.02.11追記)
アンケートを進めていくと、やはり少数ながらも、ライティングAが好ましいという意見が存在することが判った。
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