[631] 2008年09月24日(水)
「夏の帰省日記2008」
独身の頃の帰省は気楽なものだった。
バス路線が廃止された田舎とは言っても、ほとんどの道路は舗装されているので、自転車があればどこへでも行ける。車が無ければ何も出来ないということは無い。
坂道が多い土地柄のため自転車にとって大変に思うこともあるが、考えてみれば、坂を上ることがあれば、逆に下ることもある。
ただ、家族を連れて帰省するとなると、やはりタクシーでの行動を余儀なくされる。それでもタクシーさえ呼べない地域(源じいの森など)もあるのだから、行動範囲を狭めるか、あるいは車を使わざるを得ない。
我輩の場合、蔵王のお釜撮影のために自家用車を導入したのだが、この車を帰省にも利用することとした。
もちろん、車で日本横断するのは大変であるからフェリーを使うことにしたのだが、九州−関東間のフェリー航路が次々に廃止されてしまい、これまで同じフェリー会社を再び利用したことは無かった。しかも、2006年には帰りのフェリーが欠航してしまい、九州から関東まで延々と車を走らせて帰るハメになり非常に疲れた。
その時の反省から、去年は新幹線とレンタカーを使ったのだが、やはりレンタカーは自分の車ではないぶん勝手が違う。カーナビゲーションの操作法や、ウィンカーやワイパー操作、ガソリン給油口の開け方すら戸惑う。
シーズン中は早めに予約しなければ子供用として必要なジュニアシートが確保出来ない危険性もある。
そして何より、車を返した後の荷物の山に難儀する。
そういうわけで、今年はもう一度、自分の車を使うことを考えた。
カメラ機材を多く乗せるには、やはり車があると便利に思う。昔は銀塩カメラだけで良かったが、何しろ今はデジタルカメラもある。そうなるとパソコンも必要になろう。それに、カメラが故障した場合にも備えて予備機も持参したいところ。レンズも各種、そしてフィルムも田舎では手に入らないため十分な余裕を見て持って行く必要があろう。
さて、肝心のフェリー航路だが、過去に利用した新潟県直江津発の日本海航路「九越フェリー」、そして神奈川県久里浜港発の太平洋航路「シャトルハイウェイライン」はどちらも運行を取りやめている。
そこで今年は、東京湾から出航する「オーシャン東九フェリー」で行くことを考えた・・・と言うか、もはやそれ以外の九州行きフェリーが無いというのが現状。しかもこの航路、なんと洋上で2泊しなければならない。あまりにも時間かかりすぎるが、代替航路が無いのでどうしようも無い。
日程としては、盆休みに入る直前の金曜日の8月8日に有給休暇を取り、帰省ラッシュに巻き込まれないように一足早く動きたい。
これまでフェリーの予約受付けは出航日の2ヶ月前ということだったのだが、今回のフェリーの予約受付けは1ヶ月前からのようである。
というわけで、まだまだ先の話だと思い油断していたら、いつの間にか1ヶ月前の前の日になってしまい焦った。
あらためてフェリーの詳細をインターネットで確認し、料金を計算してみてビックリした。なんと往復で20万円近いではないか(1等個室)。
というのも、このフェリー会社は子供が未就学児であっても6歳以上は子供料金を取るのだ。これによって往復3万円くらい違ってくる。
ちなみに「九越フェリー」は往復10万円弱、「シャトルハイウェイライン」は往復14万円くらいだった。
原油値上げの影響も重なっているとはいえ、交通費で20万円というのはやはり無理があろう。
結局、「オーシャン東九フェリー」は諦めることにした。
しかし諦めたと言っても、まさか九州まで1,200kmを車で走り抜くなど無理。以前のフェリー欠航での日本横断で懲りている。片道でも懲りるくらいなのだから、往復など考えたくも無い。
じゃあどうするか?
東京から大阪まで車で走り、大阪からフェリーに乗るというのはどうか?
これならば長距離運転を避けることが出来、フェリーも安く済むだろう。それに、到着日も1日早くなる。
ならば大阪発フェリーの予約を入れるか・・・と思ったのだが、他のフェリー会社は出航日の2ヶ月前が予約受付け開始だった。現時点ですでに出航1ヶ月前なのだから、さすがにもう空きは無くなっているに違いない・・・。
ところが、インターネットで大阪発の便を検索してみると、「阪九フェリー」で個室の空きがチラホラあるようだ。予約受付け開始して1ヶ月経過してるというのに完売していないとは意外だった。
もっとも、そのおかげで助かったわけだが。
このフェリーはインターネットで予約できるとのことで、早速予約手続きをとった。
もちろん、6歳の子供であっても未就学児ならば無料だということは確認した。料金は往復で8万4千円くらいである。高速料金とガソリン代を入れると13万円くらいか。
さて、具体的な日程としては下記表のとおり。
8月10日に福岡ドームで野球観戦する以外は、わりと実家近くでの行動である。
ちなみにこの野球観戦、我輩の母親がチケットを手に入れたということで、急遽予定に組み込むことになった。
8月8日(金) |
自宅→大阪 泉大津20:00発(フェリー泊)→ |
8月9日(土) |
→新門司8:30着→到津の森→検地→源じいの森温泉→京都郡実家(泊) |
8月10日(日) |
京都郡実家→香椎浜→福岡ドーム野球観戦→ホテル(泊) |
8月11日(月) |
ホテル→京都郡実家→長井海水浴場→京都郡実家(泊) |
8月12日(火) |
京都郡実家→叔母さんの家→小倉→新門司20:10発(フェリー泊)→ |
8月13日(水) |
→泉大津8:50着→自宅 |
●8月8日(金) 1日目
<自宅→20:00大阪府泉大津港(フェリー泊)>
いよいよ出発の日を迎えた。
この日は19時半くらいまでに大阪のフェリー乗り場に着けば良い。
カーナビで見ると、大阪までは8時間くらいのドライブになるようだが、恐らくこれは法定速度で走った場合の数値であろうから、実走行ベースでは7時間くらいで着くだろう。仮に渋滞に遭遇したとしても、世間よりも1日早く休みを取ったのだから、それほどひどい渋滞ではなかろう。
しかし万一のことを考え、朝8時頃に出発してみようかと思う。もし順調であれば16時には着く段取り。さすがに3時間半のマージンがあれば大丈夫だろう。
時間が余った場合は、フェリー乗り場近くに「岸和田カンカンベイサイドモール」という大きなアウトレットモールがあるらしく、そこで時間を潰すことにしようと思う。
ところが、幹線道路に出てすぐに渋滞にハマった。
「まさかこの分じゃ、高速道路も渋滞か・・・?」
そう思い、少し先に行ったところから首都高速道路に乗ったのだが、それでもやはり渋滞。
こういう時は追突事故もあるようで緊急車両が縫うように通って行くのだが、渋滞時に車を脇に寄せるのはなかなか苦労する。
時計を見ると、出発してからまもなく2時間が経とうとしていた・・・。
首都高速道路 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/08 09:54 |
首都高を抜け東名高速道路に入っても、渋滞は続いていた。
カーナビの渋滞表示がもうすぐ終わりそうに見えるのだが、それでもなかなか渋滞を抜けられない。まさか、渋滞そのものが進行方向へ一緒に移動している・・・? もしそうであるなら、永遠に渋滞を抜けられまい。
ふと、カーナビ画面を見ると、到着予定時刻がフェリー出航時間を完璧に超えているではないか。まだ午前中の段階であるのに、もう敗北宣言とは・・・。
カーナビはもうこの時点で敗北宣言 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/08 11:20 |
このままだとラチがあかない。それに昼食時であるから、とにかく一般道へ降りようと思う。
一般道に降りるまでがまた大変だったのだが、何とか降りてコンビニエンスストアでトイレと昼食。
ただ、昼食とは言っても、運転手の我輩は大急ぎで食べて車を発車させたため、ほとんど休憩にはならなかった。
カーナビは、降りたインターチェンジに戻そうとするが、また渋滞に戻るのは分かっているため指示を無視して一般道をそのまま走った。一般道のほうでも渋滞はあったのだが、それでも高速道路の動かない渋滞よりはマシという程度である。
そして2つ目くらいのインターチェンジで高速道路に戻ってみた。すると、幸いなことに渋滞は無くなっていた。
時間は13時。ここからどれくらい遅れを取り戻すことが出来るのかは分からないが、もしフェリーに乗り遅れることになれば、大阪で一泊した後、また車で走らねばならなくなる・・・。
出発してから6時間後、ようやく富士の裾野あたりまで来た。
かなり渋滞は緩和されたものの、それでも流れは良くない。
さすがにこの状態だと、もはや諦め半分である。カーナビも相変わらず20時過ぎの到着予定を表示している。
フェリー乗り場に電話入れてキャンセルしようかと何度も思ったが、どのみち当日キャンセルになるのだから、いつ電話してもキャンセル料は変わらない。ギリギリまで頑張ってみることにしよう。
浜名湖あたりまで来た時、時間は16時だった。距離としてはようやく半分といったところ。あと3時間半で残りの半分を走れということか・・・?
いちおう平均時速100km/h出せれば十分着ける計算であるが、ここまで8時間かかってることを考えると、恐らく間に合わないだろう。カーナビの到着予定時刻は相変わらず20時を超えているのだ。
案の定、岡崎あたりでまた渋滞。
それに、大阪市内は2年前に通った時に大渋滞に巻き込まれた記憶がある。ここでトドメをさされるかも知れぬ。
ところでカーナビの指示では「名阪国道」という一般道を走れとのこと。高速道路ではないことが気にかかったが、カーナビも何か考えがあるのだろう。ここは下手な判断をせずカーナビに従うか。
すると、ほとんど高速道路のような道路で驚かされた。自動車専用道路ではあるが、一般道でありながらサービスエリアさえもある。
それにしても、制限速度60km/hと表示されているのだが、他の車は最低でも100km/hくらいは出している。追い越し車線など120km/hくらいで流れているのだ。
終始「???」の状態だったが、なんにせよペースが上がったのは有り難い。
前の車についていってペースを上げる |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/08 18:18 |
結局のところ、フェリー乗り場に到着したのは19時半。何とかフェリーに間に合ったのである。自分自身でも信じられなかった・・・。
誘導員の人が関西弁で説明していたので、大阪に来たんだなぁとしみじみ思った。
阪九フェリー 泉大津乗り場 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/08 19:37 |
出発してから到着までなんと運転時間は11時間を超えていた。この間、ずっとエンジンを切っていない。もちろん、トイレに行く時も。用を足した後、すぐに車に乗って発車である。改めて考えるとゾッとする。
これは結果としてそうなったという話であるから、もし事前に11時間運転することを知っていたならばヤル気が失せてただろう。
受付にて、車検証とインターネット予約した時に使ったクレジットカードを提示すると、すぐにチケットが発券された。
他の乗客を見ると何やら用紙に記入していたのだが、インターネット予約だとそのような手間は省けるようだ。
フェリー案内所受付 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/08 19:36 |
さて、いよいよフェリー搭乗であるが、このフェリー会社では、同乗者は別の入り口から搭乗のようだ。事故防止のためとのこと。
それにしても、このフェリーは乗り口が高い位置にあるため、車で長いスロープを登りフェリーに乗り込む。見ると、フェリー内部にはスロープが無いようだ。その分、搭載量が増えるということか。乗り場にスロープを設置できる乗り場ならば合理的かも知れない。
フェリー搭乗中 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/08 19:56 |
比較的遅めの到着だったせいか、船内では隙間に駐車させられた。
そのせいで柱がギリギリで、ドアを開ける時は僅かにかする。駐車後はすぐに輪止めされるため、後で微調整は出来ない。危ないところだった。
船室は、個室が4人部屋しか取れなかったため、他の乗客1人と相部屋になった。
我々は家族3人なのだが、豚児が添い寝のためベッドは2つあれば足りる。そして残り1つは空きだった。
まあとにかく、夜出航で朝到着であるから、単に寝るだけの部屋でしかない。相部屋であろうともカーテンを閉めて寝てしまえば、気にする時間すら無いのだ。
ちなみに、帰りの便では2人部屋を取っている。
船室(写真は翌日朝撮ったもの) |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/09 06:23 |
さて時間も時間であるから、すぐに食事とする。
部屋を出てロビーに出てみたが、わりと開放感のある感じだった。これまで乗った船と比べると、なんと言っても奥行き感が違う。寝るだけとして使うにはもったいないほど。
フェリー内のロビー |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/08 20:10 |
食堂に行くと、食券方式ではなくカフェテリア方式だった。これもフェリーでは初めて経験した。
しかし先の方にどんな小皿があるか分からないため、目の前の小皿を取るか、それとも先まで行くかの見極めが難しい。ボヤボヤしてると、列の後ろも詰まってくる。
フェリー内の食堂 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/08 20:14 |
並んでる時は客で混雑しており、座る場所を心配していたのだが、意外に空いておりゆっくりすることが出来た。
エンジンの振動がビリビリ伝わり、みそ汁の水面が揺れているが、海の波による揺動が全く無い。信じられない。これまで日本海航路と太平洋航路を体験したが、瀬戸内海航路はかなり穏やかなのだろう。
フェリー内の食堂 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/08 20:23 |
食後、すぐに展望風呂に入った。もちろん夜間ということで展望は望めない。窓の外は真っ暗であった。
身体を洗っていると、時々浴槽の湯がザーッと溢れてきた。見ると湯面が傾いる。どうやら船が回頭したようだ。しかしそれ以後、全く揺れどころか傾きさえも感じなかった。
風呂から上がるともう22時近く。
ベッド(寝台)に入り、カーテンを閉めてすぐに寝た。
エンジンのビリビリ音がただ響くだけ・・・。
●8月9日(土) 2日目
<新門司8:30着→北九州市 到津の森→源じいの森温泉→京都郡実家(泊)>
朝、起きると寒くて震えた。
空調が結構効いてる。まあ、暑いよりはマシだが、ちょっと寒すぎる・・・などと思い部屋を見渡すと、空調の強度切替スイッチを見付けた。これを「弱」にすべきだったのだが、もうすぐ到着であるから、今さら気付いても遅い。
4人部屋の寝台個室 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/09 06:23 |
窓から外を見ると穏やかな水面が広々と見える。豚児を連れてデッキに出て景色を眺めたりした。今回のフェリーはほとんどが夜の航海のため、こういう風景を楽しむ時間は貴重と言える。
内海のせいか、風もあまり無い。
デッキで風景を眺める |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/09 06:34 |
食堂は6時半から開いているとのこと、我々は7時過ぎに食堂に行った。
夕食時と同じで、最初はしばらく並ぶものの、料理を取って清算を済ませればすぐに席に座れた。
これまで乗ったフェリーであれば、空いた席を探すのが一苦労という感じだったが、ここではそういう苦労は全く無い。入口付近はともかく、奥のほうに行けばどこに座ろうかと迷うくらいである。
フェリー内の食堂で朝食 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/09 07:21 |
朝食後、船室に戻ると相部屋の人は荷物を引き払って居なくなっていた。まだ到着まで1時間半もあるのだが。
以前も相部屋だった時はそうだったが、家族連れと相部屋になった人はラウンジでくつろいだほうがリラックスできるのだろう。
しばらく船室でテレビを観て過ごしていたのだが、だんだん到着時間に近付いてきたため、ロビーに行って航路を示す掲示板で確認するとあと少しで到着というのが分かった。
フェリー航路表示板 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/09 07:36 |
港に入港する様子をビデオで撮影しようと再びデッキに出てみたのだが、すぐに到着予告アナウンスが流れたため、船室に戻って荷物をまとめて車に向かった。
下船も、同乗者はドライバーとは別になるとのこと。
ところが、車を置いてある区画が分からなくなり、階段を上ったり降りたりと大変だった。トラックばかりが停まってるところなど色々さまよった挙句、ようやく自分の車のある区画に辿り着いた。
まあ、どうせ最後のほうであるから、遅れたとしても後続に迷惑かけることは無かろう。
他の車の後に続いてタラップを降りると、新門司のフェリー案内所の建物が見えた。歴史文化的な様相でビックリである。
最初、何か歴史的建造物なのかなと思ったのだが、自動ドアも備えたフェリー案内所なのだ。
気分も盛り上ってくる。
新門司のフェリー案内所の建物 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/09 08:42 |
天気は快晴。
朝であっても日差しがかなり強く感ずる。
別通路から下船したヘナチョコ妻と豚児と合流し、荷物を積み込み、カーナビに目的地をセット。
最初の目的地は、これまで何度も行った「到津(いとうづ)の森公園」。
さて、大阪まで走ったことでガソリンが心細くなったため、到津のガソリンスタンドで給油した。
ハイオクのリッター単価は201円。キツイ・・・。
給油後、到津の森駐車場に車を停め、園内に入る。
朝のせいか、暑いせいか、この日ははあまり人がいなかった。
暑さはかなりのもので、ソフトクリームやジュースを買うことが多かった。この季節で屋外施設というのはツライものがある。かと言って、屋内施設だとわざわざ関東からやってきた人間が地方都市で行くようなところはどこにも無い。
到津の森公園 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/09 11:39 |
昼食後、豚児に遊園地コーナーで遊ばせたのだが、人が少ないため貸切に近い状態。混んでいるよりは良いのだろうが、あまりに空いていても遊びにくいものだ。
遊園地の歓声は聞こえず、クマゼミのシャアシャア鳴く声だけが響いていた。
(ちなみに、この地方はミンミンゼミは存在しない。主流はクマゼミとアブラゼミとニイニイゼミ。)
到津の森公園 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/09 12:29 |
本来ならば園内を色々と回ってみたかったのだが、さすがに暑さで体力消耗気味。昼を過ぎると暑さもピークである。
もうこれくらいで良いかと思った13時くらいに到津の森を後にした。
その後、行橋市(ゆくはしし)の父方の祖母の家に寄った後、夕方になって我輩の母親と合流して、「源じいの森温泉」に行った。
ここ数年は、帰省すると温泉と夕食で必ず1度は立ち寄る。
山の合間にあるため、交通の便は良くない。
一応、第3セクターの鉄道「平成筑豊鉄道」のレールバスは通っているため、車を持ってない時はこのルートで行ったことがあった。しかし、せっかくの湯上りだから汗をかきたくないということでタクシーを呼ぼうとしたのだが、この辺りはタクシーのエリア外ということで拒否されてしまった。
源じいの森温泉 |
|
[Nikon P5100] 2008/08/09 18:26 |
「源じいの森温泉」は、「源じいの森」の中にある一つの施設である(他にもキャンプ場などがある)。
その構造は、中心に大きな休憩所を配し、その周りを囲むように食堂や売店、大浴場、家族風呂などが配置されている。ちょうど、アメリカ国防総省(ペンタゴン)のような感じか。
源じいの森温泉 |
|
[Nikon P5100] 2008/08/09 18:35 |
まず、休憩室で場所を確保し、男性・女性で交代で温泉に入る。
ちょうど、中学生くらいの集団(野球部?)が入っていたため、洗い場は満席状態。それでも何とか一つ空いたところに座ったのだが、周りの中学生がふざけて冷たい水をシャワーで掛け合ったりしはじめた。当然、こちらにも冷たい水が掛かる。
「おいコラ、水が掛かりよるが!」
思わず怒鳴った。
源じいの森温泉内の休憩室 |
|
[Nikon P5100] 2008/08/09 18:37 |
温泉の後は食事。
豚児はお子様ランチとして、我輩はヒレカツ定食、母親とヘナチョコはちゃんぽんを注文。
実を言うとちゃんぽんも食べたかったのだが、温泉の後なら、ゴマだれが旨そうなヒレカツ定食かと思う。
食堂で食べたゴマだれヒレカツ定食 |
|
[Nikon P5100] 2008/08/09 20:05 |
食後はもう豚児の寝る時間に近いため、車に戻って家路についた。
山合いの村であるから、すれ違う車もほとんど無く、真っ暗な夜道で、カーナビが無かったら大変だっただろう。
実家は隣の町なのだが、見慣れた道に出た時はホッとした。
実家には母方の祖父母が住んでいる。
去年帰った時は祖父は脚を痛めて入院してたが、今はもう退院していた。
豚児はすぐに寝かせて、我輩は撮影したデジカメ写真をパソコンに移して整理したりしていたが、やはり疲れがあったため早めに寝た。
それにしても、夜ゼミがウルサイ。
●8月10日(日) 3日目
<京都郡実家→香椎浜→福岡ドーム野球観戦→ホテル(泊)>
この日は福岡ドーム球場(Yahooドーム)で野球観戦の予定。
我輩の母親がチケットを入手したとのこと。
しかし福岡ドームというのは博多方面にある。実家はどちらかというと北九州方面のため、車で行くとなるとまた高速道路に乗って行くことになる。しかもナイトゲームであるから、博多での一泊は避けられまい。これはこれで小旅行と言える。
そうなると翌日以降の日程にも影響がある。例えば大分の別府温泉に行ったりってのができなくなる。
いや、やろうと思えばできなくはないのだが、博多まで行って、また戻ってきて、そして今度は大分・・・ということになると疲労もたまる。
我輩とヘナチョコは全く野球には興味が無いのであるから、そもそもこの提案は「有り得ないもの」だった。
けれども豚児の意見も聞いたほうがいいかと思い、「野球観に行くか?」と聞いたところ、「うん、行く!」と言うではないか。
豚児が喜ぶならしょうがないか・・・ということで、結局行くことになった。
しかし博多ならば、車ではなく新幹線のほうが良いだろうと思う。3年前に博多港に上陸して小倉まで車で走った時は、渋滞で大変だった。車での博多行きは、あまり快適な印象は無い。
そのため、「小倉駅で車を駐車して、そこから新幹線で行こうか」と我輩の母親に提案したところ、そうなるとドーム球場までの移動が大変だとかいう話になり、結局、車で移動することになった。
まあいつも混んでるとは限らないだろうから、何とかなるだろう。
さて、野球観戦のためだけに博多に行くのも気が滅入る。ついでに他のところにも寄りたいと思った。
というのも、博多の近くに香椎(かしい)という町があるのだが、我輩は大学浪人時代にこの町に住んでいたのだ。ここに、代々木ゼミナールの寮がある。20年前のことであるから、懐かしさからもう一度あの風景を見て(撮影して)みたいと思う。
博多まで行く機会などあまり無いのだから良い機会だろう。
しかしそれは我輩だけの事情であるから、我輩は香椎で単独行動をし、その間は他の3人は海ノ中道の水族館で過ごすということになった。
野球は18時から始まる予定であるから、17時くらいには宿泊予定のホテルにチェックインして車を駐車場に入れておこうかと思う。
この日、朝9時半頃に京都郡の実家を出発。我輩の母親が用事があるということで小倉に少し寄り、それから博多に向かった。
ところが、恐れていた渋滞にハマってしまった。しかも、動いては停まり、動いては停まり・・・と延々と繰り返すため、休むヒマが全く無い。これは疲れる・・・。
せっかく帰省したというのに、現地でまた渋滞とは。
こんなことならば新幹線にしておくべきだった・・・。しかし今さら遅い。動けないので引き返すことすらできない。
それにしても、もう昼時。
とにかく直近のインターチェンジまで頑張り、そこから高速道路を降りてコンビニエンスストアでも探して昼食にしたいと思うのだが、そのインターチェンジまでの10kmが長いのなんの・・・。路肩走行しようにも、路肩も無い(実際に路肩走行すると違反である)。
ようやく「若宮」という場所で高速道路を降りてみたのだが、これがまた田舎であった・・・。
それでもコンビニエンスストアはあったので、そこの駐車場に停めて弁当を買い昼食とした。
日差しが強くて、ウィンドウシェードでフロントガラスを覆わないとツライ。当然ながら、エンジンをアイドリング状態でエアコン効かせたまま。エコロジーがどうのこうのと言ってられない。死にそうなほどの暑さであるから、カンベンしてもらうしかあるまい。
若宮 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/10 13:13 |
食後、しばらく一般道から行くことにした。そのおかげで平均速度は上がったように思う。
それにしても、こんな田舎であっても意外にもコンビニエンスストアが幾つかあったのには驚いた。実家周辺地区には最近出来たのが1軒あるのみで負けた気がする。
ところで、我輩以外の3人が海ノ中道へ行くという事前計画についてだが、その件は途中で中止という話になった。というのも、帰省シーズンで激混みということが容易に想像出来るからだ。実際に、激混みで往生したという話も聞いている。
それに、渋滞の件で予定時間がかなりズレ込んでいるということもある。
そういう事情で、香椎のほうには予定通り行くものの、我輩以外の3人は香椎浜のショッピングセンター「AEON」で時間を潰し、その間に我輩は予備校時代の風景を探索することにした。
香椎浜の「AEON」 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/10 15:00 |
17時に宿泊予定のホテル「サンライン福岡」にチェックインする予定のため、16時15分までには車に戻ろうかと思う。
手早く撮るため今回はデジタルカメラで妥協しようかと思う。実は35mmカメラを持ってきていないため、中判カメラでなければデジタルカメラを選択するしかない。
「Nikon D200」を持ち、20数年前に歩いたことのある懐かしい道を再び歩いてみた。
それにしても、遠くでゴロゴロと雷の音がしているのが気になる。まあ、1時間くらいは大丈夫だとは思うが。
しばらく歩いていると、代々木ゼミナールの懐かしい寮が見えてきた。
初めて親元を離れて暮らした寮であるから、1年間という短い間であっても想い出が強く残っている。
代々木ゼミナールの寮 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/10 15:09 |
当然、博多の代々木ゼミナールに通うために毎日歩いた駅までの道を辿ってみた(ちなみに代々木ゼミナールの出席は磁気カードで管理されており、我輩は皆勤の記録を残した)。
香椎駅の駅前通りを歩いてみたのだが、昔とあまり変わってないように思えた。さすがに店の一つ一つまでは覚えてはいないが、主要なところは記憶に合致している。
香椎駅の建物については、雰囲気は全く変わってしまったようにも思えるのだが、元々の記憶が曖昧であったため、具体的にどう変わったのかまでは分からない。
それにしても、空が妙に暗い。車がライトを点灯させてるくらいである。一般人はよほど暗くならなければライトを点灯させないことを思うと、この時の暗さを改めて説明するまでも無かろう。
そのうち雷の音が近くで鳴り始め、小雨もポツポツ振ってきた。
「ヤバイなあ」と思いながら来た道を戻っていると、急にドカ雨が襲ってきた。カメラが濡れると大変だと思い、シャツの中に隠して走る。
雨宿りするところが無いかを探しながら走っていると、ちょうど代々木ゼミナールの寮の敷地内に物置みたいな建物があり、そこの軒下に滑り込んだ。
もう、頭はビショ濡れで、滴がしたたるくらいである。
代々木ゼミナール寮敷地内 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/10 15:54 |
時計を見ると、もうすぐ16時。しかし、ここから動けなくなってしまった。
雷もかなり激しくゴロゴロドカーンと鳴り響いている。雷で死んだというニュースはたまに見聞きするため、落雷の音がするたび肩がすくんでしまう。
しかし、雷そのものは美しい。稲妻の形が神秘的である。
手元にカメラがあるから、試しに撮ってみようかと思った。
AFモードのままだとすぐにシャッターが切れないため、MFに設定してシャッタースピードを1/10秒にセット。空にレンズを向け、稲妻が現れるのを待つ。
そう言えば思い出したが、寮にいた頃も窓からカメラ(Nikomat FT2)を構えて稲妻撮ったなあ・・・。
20年前の雷写真(代ゼミ寮から撮影) |
|
[Nikomat FT2/50mm/FUJICHROME400] 1987-1988 |
そんなことを考えていると、目の前が光ったと同時に「パチンッ!」と音がし、直後に「バリバリドカーン!」という大音響が響いた。
とっさにシャッターを切った。
D200の液晶モニタを見ると、見事に落雷の瞬間が写っていた。光と音がほとんど同時だったように思うため、距離はかなり近いはず。
それにしても、最初の「パチンッ!」っていう音は何だろうか・・・?
落雷の瞬間 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/10 16:06 |
これは余談だが、稲妻というのは1秒ほど見えていることが多く、光った瞬間にシャッターを切っても案外間に合うものだ。
場合によっては、同じ形の稲妻が何個も重なって見えることもある。
高電圧の電気が空気の絶縁を破りながら進むのが稲妻なのだが、絶縁を破るために空気の分子をプラズマ化させるわけで、そのプラズマがすぐには元に戻らないことから、そのプラズマ化された経路を何度も電流が行き来することになるのである。
それゆえ、第一発目の稲妻がシャッターチャンスに間に合わなくとも、2発目3発目の稲妻が続くので、大抵の場合写真に写すことが出来る。
(参考: 雑文372「雷」)
さて、時計を見ると16時10分。これはちょっとマズイ。
相変わらずゴロゴロ音はしているが、稲妻もだんだん視界から見えなくなってきた。雨も一時期よりも小降りになったように見える。
思い切って飛び出し走った。しかし、弱くなったとは言っても雨は容赦なく身体を濡らす。
5分くらい走り、ようやく車に滑り込んだ。
走ったせいか、背中側はほとんど濡れていない。そのため、シートに座ってもシートは濡れなかったのは幸いである。
他の3人と合流し、17時に宿泊予定のホテル「サンライン福岡」に到着。この時点で雨はやみ、空は明るくなってきた。
さて、チェックインしていったん部屋に入って休憩した後、タクシーを呼んでドーム球場へ向かった。
野球は興味が無いが、話のネタくらいにはと思いデジタルカメラ「Nikon D200」と70-300mmレンズを使って撮影しようと思う。
福岡ドーム球場 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/10 17:49 |
試合は18時から。
元々興味も無い野球であったか、どのチームが試合するのかも知らない。
見ると、「ソフトバンク」と「楽天」が試合するようだ。そう言えば、「ダイエー」から「ソフトバンク」になったんだな・・・今さらながら思った。
福岡ドーム球場 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/10 17:58 |
試合は9回表まで5対1でソフトバンクが負けており、途中から帰る観客がゾロゾロ。
周りの観客も、「今日の試合全然面白くないねぇ」などと言っていた。
それでも9回の裏でソフトバンクが底力を見せて3点を奪い返した。
ソフトバンク VS 楽天 |
|
|
|
[Nikon D200/70-300mm] 2008/08/10 |
こうなると、白けムードが一転して観客席が白熱し始めた。
我々の席の下が楽天のベンチなのだが、ファンが押し掛けて「野村ぁー!ピッチャー代えろぉ!」などと叫んでいる。
野球に興味ない我輩であっても野村監督は知っている。ミーハーだとは思ったが、一応、写真にも撮った。
野村監督 |
|
[Nikon D200/70-300mm] 2008/08/10 |
撮影は当然ながら連写モードであるが、秒間5コマ撮影でもなかなかタイミングを合わせるのが難しい。バッターが打つ瞬間も、いつ打つのかが分からないため、無駄カットが非常に多い。そのままでは残り枚数が少なくなってしまうので無駄カットはその都度消去しているわけだが、「Nikon D200」は消去ボタンを2度押せばすぐに削除出来るのが効率的で良い(他のカメラでは、そのつど消去確認を選択せねばならない)。
さて試合だが、結局は5対4でソフトバンクは負けてしまった。
花火は上がらず残念・・・。
時間は22時。
本来、豚児は21時には寝ていなければならない時間であるから、今日はかなりの夜更かしである。
急いでタクシーに乗ってホテルに戻り、慌てて豚児を寝かしつけた。
タクシー乗り場 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/10 22:08 |
それにしても疲れた。
来る時の渋滞がかなり堪えた。千葉−大阪間の渋滞よりも、今回の渋滞のようにジワリジワリと動くほうが休めないだけツラかった。
明日は海水浴の予定・・・ホントにこんな状態で大丈夫だろうか?
●8月11日(月) 4日目
<ホテル→京都郡実家→長井海水浴場→京都郡実家(泊)>
朝、前日の夜にコンビニエンスストアで買っておいた朝食を食べた。
外は良い天気だった。
ホテルの9階の部屋であるのに、クマゼミのシャアシャア鳴く声が聞こえてくる。
前日の疲れが残っていたため、チェックアウト10時ギリギリまで部屋で休んでいた。
その後車に乗ってホテルを出て、実家へ直行。というのも、この日のメインイベントは海水浴である。実家近くに「長井の浜」と「簑島(みのしま)海水浴場」という海水浴場があり、そこで家族で泳ごうという予定。
この日の高速道路は順調だった。
実家に着いたのは11時半頃。昼食を食べてしばらく休み、13時40分くらいに再び車に乗って海水浴場へと向かう。
暑さは格別で、外に出るのがくじけそうになる。
カーナビの案内が無くても行けそうだとは思ったが、一応カーナビに目的地をセットすると、今まで通ったことが無い道を指示されてしまった。確かに、地理的に言えばそのほうが近そうに思える。
というわけで、カーナビの指示のまま行ってみることにした。
ところがその道はかなり狭く、対向車とのすれ違いがかなりギリギリであった。こういう時はやはり軽自動車が便利かと思う。
さて、そうこうしているうちに長井の浜に到着。
駐車場らしき広場まで行ってみると、海の家の有料駐車場との看板がある。ただ、車が1台も停まっていない。肝心な海の家も閉店状態の様子。もしかしてシーズンは終わっているんだろうか・・・?
ここでは泳ぐのは無理かと思い、試しに近くの箕島のほうに行ってみることにした。
こちらの駐車場には何台か車が停まっており、特に有料というふうでもなかったため、車を停めて降りてみることにした。
砂浜のほうに行ってみると、バーベキューとか日光浴している者たちが数人いたが、泳いでる者は見えない。
見ると、風が強く波が少し荒い印象。
簑島海水浴場 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/11 14:25 |
豚児を連れてしばらく海岸線を歩いて貝殻などを拾っていたところ、4人くらいが海に入って泳ぎ始めるのが見えた。うーん、一応は泳げるんだろうか。しかし、監視員もいないし、海の家が開いてないんで着替やシャワーなどをする場所が無い。
今回は諦めることにした。残念・・・。
しばらく海辺散策をした後、また車に乗って実家に戻る。今度は大きな道を通って帰った。
夕方になり、夕食をどうしようかという話になった。
実家には何も無かったため、外に出てファミリーレストランにでも行こうかということになった。
我輩の母親とヘナチョコ、そして豚児を車に乗せ、カーナビで見付けた10km離れた「ジョナサン」へ行き夕食を済ませた。
「ジョナサン」を目指して走る |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/11 17:42 |
ところで、明日の夜はもう帰りのフェリーに乗ることになっている。ということは、この日の夜が実家での最後の夜となるわけだ。
ということで、帰りは行橋の「ユメ・タウン」に寄って花火を買い、実家の玄関先で花火大会をして締めくくることになった。
ついでに、巨峰と九州らーめん「うまかっちゃん」も買い込む。
巨峰は4パックで980円で安く、「うまかっちゃん」は関東で売ってるところが見当たらないからだ。
実家に帰ってから風呂に入り、風呂上がりに巨峰をちょっと食べてみた。4パック980円にしてはウマイ。しかし冷えるともっとウマイだろうから、冷蔵庫で冷やしておき明日の朝にでもまた食べたいと思う。残りは車に積んで自宅に戻ったらゆっくり食べるつもり。
4パック980円の巨峰 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/11 21:10 |
そしていよいよ花火大会。
地味ながらも息の長い線香花火が一番盛り上がった。
玄関先で花火大会 |
|
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/11 21:10 |
●8月12日(火) 5日目
<京都郡実家→叔母さんの家→小倉→新門司20:10発(フェリー泊)→>
朝は、豚児のキックで目が覚めた。
朝の様子 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/12 05:36 |
この日は、隣町の叔母さんの家へ行く予定。これは例年どおり。
お昼を食べさせてくれるという話だったので、昼頃行くことになる。
さて、少しずつ荷物をまとめはじめた。
こうしてみるとかなりの荷物。出発時に、車だからと、思い付く荷物はどんどん積んでしまったのだから。
撮影に関するものだけでも下記の通り。
・中判カメラ2台(常用「BRONICA SQ-Ai」、スペア「New MAMIYA6」)
・BRONICAレンズ5本
・120フィルム30本
・デジタル一眼レフカメラ「Nikon D200」
・Nikkorレンズ3本
・コンパクトデジタルカメラ「Nikon COOLPIX P5100」
・ハンドヘルドパソコン
・メモリ式ビデオカメラ(通常撮影用途)
・テープ式ビデオカメラ(車載カメラ用途)
・ストロボ
・充電器(5種)
・予備のバッテリー各種・・・。
数年前、列車で来た時に必要最小限の機材だったのだが、肝心のカメラが故障してしまい、急遽カメラを現地調達するハメになってしまった(参考: 雑文503「夏の帰省日記(1)」)。
だから、車で来る時は必ずスペアのカメラを持って来ることにしている。
これらの荷物、来る時は整頓しているためそれなりに車に積めたのだが、カメラ機材を出し入れしたり、着替えなども未使用と使用済みとで分けたりしてると、どうにも嵩張って仕方ない。
それに、九州内での行動は助手席に我輩の母親を乗せることが多く、トランクだけが頼みの綱となる。
荷物 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/12 11:08 |
またこれらの荷物の他にも、工具ボックス2箱と高速道路で故障した時のために中サイズのコーン(電飾付きパイロン)4本と黄色回転灯を入れている。もちろん発炎筒(発煙筒?)も2本あるのだが、あれは数分で燃え尽きるため、やぱり高速道路を走るならばこれくらいは必要。特にコーンはすぐに取り出せるように向きにも注意。
こんな状態でもさらに旅行の荷物が入るのだから、なかなかセダンとは言っても侮れぬ。
昼前、我輩の母親も乗せて実家を出発、叔母さんの家に到着。
例年ならば、叔母さんの娘家族が帰省しており、そこの子供とウチの豚児が遊んだりするのだが、今年は帰省のタイミングが合わなくて会えなかった。残念・・・。
さて昼食だが、ピザを取ろうという話になり叔母さんが電話をかけてくれたのだが、なんと2時間待ちになるとのこと。
しょうがないということで、結局外に食べに行ってきた。
叔母さん家族と食事 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/12 12:45 |
14時頃、そろそろ小倉に行こうということになり、車で叔母の家を出発。
我輩の母親は小倉にマンション借りて住んでいるため、とりあえずそこに行き母親の荷物を置いて行動しようということになった。
ところが小倉市街に入ったところでドカ雨が降り始めた。屋根がバリバリ鳴るくらいの豪雨。ワイパーなど役に立たないほど・・・。
視界不良でヒヤヒヤしながら運転し、ようやくマンションのところまで辿り着いた。
雨はまだ降ってたのだが、少し空が明るくなってきたようだったので、我輩の母親に「もうちょっと様子見て外に出たらどうか?」と言ってみたのだが、待ちきれないようでそのまま出てマンションへ走って行った。
ところが皮肉なことに、その2〜3分後くらいに雨が完全に止んでしまった。陽が差して雨滴がキラキラ輝くくらいに晴れた。もう少し待てば濡れずに済んだものを・・・。
さて、母親が戻ってくるのを待っていると、豚児が「バアちゃんのウサギと遊びたい」と言い出す。
実は母親はマンションでウサギを飼っている。
フェリーに乗るまでの間、小倉で買い物でもしようかと思ってたわけだが、まあ、マンションでまったりとウサギと遊ぶのもいいかなと思い、そうすることにした。
車は近くのコインパーキングに停めておいた。
マンションの部屋では、ウサギが大きな顔をしており、それを豚児が眺めて楽しんでいた。
我輩は、これまで撮ったデジカメ写真のデータを母親のパソコンに移そうとしたのだが、写真データを溜め込んだ外付けUSBハードディスクを車に置いてきたことに気付き、また駐車場に戻ったところ、なんとドアロックしてないことに気付いた。
これまで、この手のミスは何度やってきたことだろう。
それにしても、今だに被害が無いのが幸いというか何と言うか・・・。
さてフェリーの出航は20時10分。
19時過ぎには着きたいのだが、新門司のフェリー乗り場まで40分くらいのようなので、18時半くらいに出れば間に合うだろう。
ただ、これまでの痛い経験から、安全をみて18時ちょっと過ぎに出発した。
すると、途中でまた激しい雨に遭遇。まったく変な天気だ。
それ以外は特に問題無く乗り場に到着。早めに着いたおかげで、中間あたりの並び順となった。
雨は、着いた時にはすっかり止んでいた。
辺りが暗くなり、だんだんと出発前の気分が盛り上がってくる。
そういえば往路では、間に合うかどうかというスリルだけだったので、そういった盛り上がりを感ずる余裕は無かったな。
停泊中のフェリー |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/12 19:16 |
乗り場受付で手続きした後、例によって同乗者は別のタラップからフェリーに乗り込む。
我輩は車に戻り、乗船誘導があるまで待機。20分くらい何もすることが無く退屈である。エンジン切って暑いため、小さな扇風機を回している。しかし他の車はアイドリングしてエアコン入れてたりしている。
乗船は普通に完了。今回は左右のスペースに余裕あり。
車を離れる時に、振り向きざま写真を撮った。近距離からの撮影では遠近感が誇張されすぎて歪んで写るため、写真的にはあまり見栄えがしない・・・。
今回の船室は2人部屋なのでリラックスできる。ベッドも寝台ではなく、昇り降りせずとも良いので快適。
夕食と入浴を済ませ、豚児を寝かせた。便利なことに、ベッドを仕切るカーテンがあり、そのカーテンで仕切ってやると豚児が「わーい、自分の部屋になったみたい〜」と喜んでいた。
船室 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/12 21:16 |
さて、部屋の窓のカーテンには、「夜間航行に支障があるためカーテンを開けないでください」と注意書きがある。そっと覗いてみると、船首が見えた。どうやらこの部屋は船の真正面にあるようだ。
翌日の朝の風景が楽しみである。
●8月13日(水) 6日目
<→泉大津8:50着→自宅>
朝起きるとすぐ、船室のカーテンを開けてみた。
思ったとおり、なかなか壮観な風景が広がっている。まるで操舵室にいるような感じだった。
船室の窓から |
|
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/13 06:37 |
港への到着は朝8時50分の予定。
7時過ぎに食堂で朝食を食べ、下船の準備をダラダラと始めた。どうしても個室だと豚児共々だらしなく散らかしてしまい、なかなか片付けるのが大変。
そうこうしてるうち、8時過ぎくらいに船内アナウンスがあり、下船案内があった。同乗者はロビーに集まり、ドライバーは車に戻ることになる。
自分の車に戻ると安心する。
それにしても、カーナビの画面を見るともう大阪の表示に切り替わっている。確かに船の側面から空が見えているのだが、この程度でもGPS衛星からの電波を捉えてるというのは凄い。一昔前のパーソナルGPSだと「衛星ロスト」と表示されてしまう状態。
誘導に従い下船し、フェリー乗り場で家族を拾い、いよいよ関東を目指して走り始める。
往路では11時間だったわけだが、いくらなんでも復路ではもっと早く着くだろう。
来た時と全く逆の経路を辿る。
名阪国道は空いてて走り易かったのだが、東名高速道路に入ると車の密度が増してきた。渋滞はそれほど酷いものではなかったが、それでも流れが良いとは言えない。走行車線と追越車線の区別無く車が一様に走ってる状態。この状態だと、他の車を追い越して前に行くには、無理矢理蛇行して縫うように走るしかない。
我輩はずっと追越車線をキープしていたのだが、そのうち後ろに白のレクサスが張り付いてきた。車間距離がかなり詰まっている。これは煽られているんだろうか? もしそうだとしたら、前が詰まっていることが理解出来ないのか?
高速道路でフットブレーキを使うとブレーキランプが無用な渋滞を誘発するということから、我輩は単なる速度調整にはエンジンブレーキを使っている。しかしこの車間距離でエンジンブレーキは危ないかと思いつつ、ちょっと試しにやってみたところ、車間距離がさらに詰まった後、レクサスは蛇行縫いして追い越し、先に行ってしまった。フェリーの時間でも迫って焦ってたんだろうか?
しかしそんな追い越しても長くは続かないだろうし、そんなに進めないはず。
そのまま気にせず20分ほど走ってると、案の定、例のレクサスが走行車線を普通に走っていたので、こちらは追い越し車線のまま流れに任せて追い抜いてしまった。
すると、そのレクサスはまた我輩の後ろに付いたのだが、今度は車間距離を取って普通に走っている。いったい何なんだろうか・・・?
さて、岡崎付近で昼時になったため、この辺りで高速道路を降りてファミリーレストランにでも入ることにする。
しかし、走行中はカーナビが操作できなくなるため、車が一時停止できる場所(コンビニ駐車場)を見付けるまでしばらく目標無しで走らざるを得なかった。こういう仕様は安全性のためなのだろうが、運転中であっても同乗者がカーナビを操作する場面も想定出来ると思うのだが。
カーナビ検索で「バーミヤン」を見付け、そこで昼食をとることにした。
岡崎市内の「バーミヤン」で昼食 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/13 12:31 |
高速道路に戻る直前、セルフ式のガソリンスタンドに入り車も昼食とした。
九州で入れた時は単価が201円だったわけだが、ここでは184円であった。この付近は安い? それとも、この日になってから全国的に値段が下がっている?
ここ数日テレビやインターネットに触れてないので分からないが、何にしても有り難い。
再び高速道路に戻り走り始めたのだが、途中、やはり幾つかの渋滞に遭遇した。
追突事故による渋滞もやはりあった。明日は我が身・・・というか数秒後は我が身、慎重に運転しよう。
事故渋滞の予告 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/13 14:50 |
追突事故現場 |
|
[Nikon D200/18-70mm] 2008/08/13 14:54 |
自宅近くに到達したのは、19時を回ってからだった。
疲れはあるが、走った距離を考えるとそれほどでもないように思う。
往路での想像を絶するくらいの渋滞は無かったし、フェリーを下りた後であるから時間に追われているわけでもなく気が楽だったということもあろうか。
ただ、目は疲れた。
強い日差しもあったし、運転中は目をつぶるわけにもいかないのだから、どんな高級車に乗ろうとも運転手である限りこの問題は解決出来そうにない。
●まとめ
今回、横着したためかデジタルカメラ中心の撮影となってしまった。
デジタルカメラでの撮影枚数は約2,400枚、データ容量としては約10GB。異常に多いように思えるが、このうち800枚は野球撮影である。タイミングを合わせるための連続撮影の結果そうなった。
ただ、野球撮影分を抜いたとしても1,600枚である。
ここまで撮影枚数が多いとプリントアウトはまず不可能。ほとんどの写真は、撮り貯めただけでほとんど活用されず役目を終えるだろう。かといって重要でない写真を消すのも抵抗がある。レタッチすれば使える可能性を考えると、なかなかリバーサル写真のようにバッサリ切り捨てることが出来ないのだ。
元々、我輩はデジタルカメラの画像に本気さを持っていないことから、成功写真であろうと失敗写真であろうとこだわりが薄いという面もある。
そういったところをこだわり、成功写真を活かして失敗写真を切り捨てるというメリハリを持つことが出来れば、我輩もデジタルカメラを使いこなしたと言えるのだが・・・。
一方、中判写真に関して言うと、採用枚数が10枚と劇的に少ない。採用枚数の少なさは、撮影枚数の少なさである。
もちろん横着したためでもあるが、これまで何年にも渡り実家撮影をしてきたということもあり、特別気合いを入れる場面も無かったという言い訳もある。
それでも、後々重要と思われる場面もあろうから、今必要かどうかという判断はやはりマズイ。今後は意識して中判写真の撮影に力を入れようと反省する。
|