[273] 2001年06月04日(月)
「貧乏人のための商品撮影(第4段階)」
●補助光の工夫
我輩にとってカレーライスに福神漬けが不可欠なのと同様に、ライティングに必要不可欠なのが補助光の存在である。
補助光とは何のためのものか。
それは自然光の下でのポートレート撮影においても必要とされるので、それを考えると理解が早いだろうと思う。
まずライティングの基本は、「光は1方向からのみ」ということである。これは地球上の暗黙の了解である。もし連星系の惑星に生まれたならば、太陽が2つあり影が2つ出来るのが当たり前であったろう。我々地球人は、地球の事情により、太陽を1つという前提を掲げねばならぬ。
光は1方向からのみという話があるならば、ライティングに補助光が不可欠な存在であるという話は矛盾するように聞こえる。太陽が1つという状態を再現するならば、ライトも1つだけで良いのではないか、と。
しかし重要なのは、人間の見た目と写真の仕上がりとは必ずしも一致しないということである。
人間の眼は実に巧みに出来ている。暗い部分は感度が増し、明るい部分は感度が鈍くなる。その能力は、同一視野内においても発揮される。明るい部分と暗い部分が同時に見えるのは、人間の眼が柔軟性に富んでいるからに他ならない。
そんな人間の眼のような柔軟性を持たないフィルムや撮像素子では、再現出来ない輝度幅をカバーするために暗い部分を人工的に照り起こさねばならない。さもなくば、その暗い部分の表現は黒一色の中に埋もれてしまうだろう。
見た目に近付けるという作業、それが補助光の役割である。
それ自身が出しゃばることなく、さりげなく主役の光を立てる。それはまさに福神漬けの役割そのものである。
さて、我々貧乏人は補助光を当てるために別のストロボを用意することは出来ない。手元にある、たった1つのストロボを活用しなければならないのだ。そのために、光を反射させるためのレフ板が必要になってくる。ここまで言えば、ポートレートを撮る者ならば「了解、了解。」と全てを理解することだろう。
以下の作例は、前回登場したミニカーの場合である。さりげなく小さなレフ板をそばに置いていたわけだ。
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レフ板を使用しないで撮影。側面が妙に暗く落ち込んでいる。(1/180sec. F22)
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レフ板を使用して撮影。ボディー側面やタイヤ部が明るく表現出来た。(1/180sec. F22)
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撮影風景。文庫本の1ページを引きちぎり、適当な大きさに折って被写体側面に反射光が当たるように置いた。
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次に示すのはカメラの写真である。
ここでも「レフ板あり」と「レフ板なし」の写真を比較してもらおう。
トレーシングペーパーをかぶせただけの撮影。メインとなるトップライトにより、一応、右側のレンズには映り込みがある。(1/180sec. F22)
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カメラと被写体との間に白い化粧板を設置し、ストロボの光が反射するようにした。メインの補助として側面を照り起こしている。この作例では、反射光が多少強すぎたかも知れない。(1/180sec. F22)
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この場合、上向きに置いた交換レンズの反射面に映り込みを表現する関係上、照明光はトップライトを基本とした。そうなると当然、側面部(この場合、カメラ前面部)には光がまわり込まずに暗く落ち込む。それを防ぐために面積の大きな白い化粧板を間に立ててレフ板とした。
仕上がりは一目瞭然と言える。カメラ前面の描写が全く違うのが分かると思う。2本のレンズ面に映り込みが入り、明瞭な写真になった。
(もちろん、全体を暗く落としローキー気味にして雰囲気を出すという描写もあろうかと思う。)
レフ板の効果は、撮影してみるまでは分からない。撮影経験を積んで行けば、だいたいの見当はつくようになるだろうが、やはり実際の影の具合や露光値を見るには、デジタルカメラの即時性が大いに活きてくる。
現状では、鑑賞を目的とする趣味の分野でデジタルカメラを利用するにはまだまだ大きな障害(表示解像度、色数、フォーマット、保存性、互換性、・・・等)がある。それは過去の「カメラ雑文」でも触れた。しかし即時性というメリットは何物にも代え難い。
もしインターネットのホームページで使用するという限定付きならば、現状のデジタルカメラでも十分使えると言い切れる。
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