2000/04/05
OPEN

表紙

1.主旨と説明
2.用語集
3.基本操作法
4.我輩所有機
5.カメラ雑文
6.写真置き場
7.テーマ別写真
8.リンク
9.掲示板
10.アンケート
11.その他企画

12.カタログ Nikon
 F3 (F3H)
 FM3A
 FM2
 FM
 FE2
 FE
 FA
 FG
 FM10
 FE10
 F4
 F-401X

Canon
 AE-1P
 AE-1
 newF-1

PENTAX
 K1000
 KX
 KM
 LX
 MX
 MZ-5
 MZ-3
 MZ-M

OLYMPUS
 OM-3Ti
 OM-4Ti
 OM-2000

CONTAX
 ST
 RTS III
 Aria
 RX
 S2

MINOLTA
 X-700
 XD

RICOH
 XR-7M II
 XR-8SUPER

カメラ雑文

[212] 2001年01月24日(水)
「タコ星人」

電卓のデザインはどれも似たり寄ったりだ。 四角くて、キーの並びもどれも同じで面白くない。同じ計算をすれば、同じ答えしか返ってこない。そこには個性は無い。

そこで、我輩は自分なりに電卓をデザインしてみた。それが下のイメージ図である。


まず、形に丸みを持たせ、左手で握った時に一番安定するようにした。 色も派手な配色にし、存在感を強調。さらにキーの配列を、数字キーが手前に来るようにデザインした。
それらは、すべて人間工学に基づいている。


・・・さて、下らない冗談はこのくらいでやめておく。
電卓が何のためにあるのかということを考えれば、このデザインの愚かさは理解出来よう。

オリジナルグッズという位置付けで奇をてらうデザインならともかく、使うための道具としてのデザインではないことは誰の目にも明らかだ。

キーの配列は、オーソドックスな配列のほうが使いやすい。仮に、もっと使いやすい配列を見つけたとしても、それはオーソドックスな配列に慣れた者にとって何の助けにもならない。
しかも、丸みを帯びたデザインは机に置いた時にグラつき、キーを打つたびに電卓が動く。もしこの電卓が実在するならば、これが効率的な計算をする道具とはとても思えない。

未来的なイメージはいつの時代でも流線形であった。しかし実際に使う時、それはもはや未来とは呼ばない。
未来の代名詞であった「21世紀」も、今では「現代」となった。そんな今、あえて未来を意識したデザインを行う意味とは何なのか。


「宇宙人」をイメージする時、一昔前はタコのような姿が一般的だった。
本物の宇宙人を見たことがない、見ようと思っても見ることが出来ない。だから貧弱な発想の中では、H.G.ウェルズのSF小説「宇宙戦争」に登場したタコ型宇宙人が、宇宙人の固定されたイメージとして確立されてしまった。
(現在は、矢追純一の「リトル・グレイ」という頭デッカチの宇宙人がポピュラーか)


未来のイメージも事情は同じだ。見ることが出来ない世界。それはあたかもタコ星人を思い浮かべるように、「未来というイメージは、流れるようなデザインでなければならない」とされている。

新幹線が流線形としてデザインされ、スーパーカー・ブームの時にはその流れるようなフォルムが目をひいた。そして、曲面というものが未来的であるという無意識なイメージが植え付けられてしまい、どうにもそこから抜け出せないのである。
その結果、空力特性など縁の無い機器にまで未来のイメージを重ね合わせ、無理矢理に流線形へネジ曲げられた。

恐らく、曲面を多用する日本のデザイナーは、新幹線やスーパー・カーに心を躍らせた世代に違いない。未来というイメージが貧弱な発想力で固定化された世代。しかも本人たちは、その発想が創造的でオリジナリティ溢れるものだと信じているからタチが悪い。


人間が直接手に持って操作する製品のデザインは、デザイナーが自由に表現するためのキャンバスではない。独りよがりで使い手不在のデザインでは、全く説得力が無い。そこを勘違いしたような、自分に酔っているデザイナーが多いのは、裸の王様のように、それを支持する者がいるからなのか。

つい最近でも、ルイジ・コラーニがデザインしたという中国製一眼レフが発表された。
ルイジ・コラーニ。その名前を聞いただけでどんなカメラか想像出来るに違いない。言うまでもなく、タコ星人的デザイン。もう、既に通過したはずの未来デザインだ。


未来を意識したデザインというのは、それを意識した時点で安っぽくなる。珍しがられている最初の数ヶ月間で売り切るというだけの下らない製品ならお似合いだろうが、何年も使い続けるような成熟した製品には普遍的で使い手に立ったデザインが必要で、それはとても難しいものなのだ。
「人間工学(正確にはエセ人間工学)」だとか、「若い発想力」だとか、そんなものに踊らされて製品のコンセプトを簡単に捨てるメーカーが理解出来ない。

数年後になって使うのが恥ずかしくなるようなカメラなど、いかに故障しないものでも意味が無い。いや、むしろ早く壊れてくれることを願うことになろう。