[153] 2000年10月03日(火)
「風を切るオイちゃん」
今回は、直接カメラに関係無い話かも知れないが、男の趣味として通じるものがある気がするので敢えて書いた。
そこから何を感じ取るのかは、個々人で異なるだろうと思う。
営団地下鉄町屋駅近くに、一軒の古びた青果物店がある。いかにも下町の店という感じで、店の床は土っぽい。
そこはオイちゃんとオバちゃんが2人でやっている。
よく見ると、店の奥のほうにボロ布や毛布に包まれた「何か」がある。ときにはミカン箱が上に乗っていたりする。
あまり清潔っぽいイメージがしない店内(実際には清潔なのだろうが)にあっては、その存在は周囲に溶け込んでいてあまり目立たない。事実、我輩もその存在を知ったのは、つい最近のことである。
ある日の事だった。我輩はその青果物店の前を通りかかると、「ドゥルルルン!」と爆音が轟いた。見ると、店内に大きなバイクの後ろ姿があり、オイちゃんがその横に立ってエンジンをフカしているのだ。
ボロ布や毛布に包まれていたのは、このバイクだった。店の雰囲気とは正反対に、そのボディは渋い光沢を放っている。
我輩はバイクに詳しくないのだが、あれは多分、「ハーレー・ダビッドソン」ではないかと思う。
オイちゃんは、仕事の合間に時々エンジンをかけて楽しんでいるのだろうか。
常に出し入れしやすい場所にはないため、恐らく外で乗ることは無いのだろう。大型バイクの免許すら持っているか怪しいもの。
乗るわけでもないバイクに金を使って、さぞかしオバちゃんは理解に苦しんだろう。配達にも使えるように、「ホンダ・カブ」でも買ったらどうかと説得されたかも知れない。
しかし、オイちゃんは「いつか免許を取ってやる、コイツがあれば必ず取れる」と言った。そして、男のロマンを語って聞かせた。そうでなければ、こんなところにこんなバイクが在ろうか。
それにしても大したもんだ。
「オイちゃん、やるなぁ。」
我輩は店の前を通り過ぎながら、オイちゃんのバイクのスロットルを握る後ろ姿を見ていた。
死ぬ前に1度コイツに乗ってやるんだ、それまでの動作確認なんだ、と思っているオイちゃん。
その心は、バイクに乗って風を切っていた。
|