[022] 2000年 5月 3日(水)
「迷い」
我輩には「迷い」がある。
それは写真の電子化のことだ。
最近、パソコンの普及が進み、個人レベルで写真の電子化が可能となった。
写真を電子化するには、スキャン作業が発生する。撮影する端からスキャンすれば問題無いかも知れないが、今までの膨大な写真はどうするのか。
それは小さな問題ではない。
さらに我輩の経験から言うと、より性能の良いスキャナが導入されると、全体のクオリティを揃えるために、過去にスキャンしたものも含めて作業がやり直しとなる。
もし仕事上のことなら、ある程度の割り切りが可能だが、「趣味」というものは気が済むまでやらないとダメなのだ。このことは、心に迷いを生む原因となる。
そして、電子化の最大の問題点は「保存性」である。
通常の銀塩写真なら、150年もの歴史があり、それなりの信頼性がある。我輩が曾祖父の顔を知っているのも、そのおかげだ。
銀塩写真で「この写真は100年保ちますよ」と言われれば、そうかなと思ってしまう。しかし、デジタルの写真で同じことを言われても、「まだ数十年しか経ってないのに何をぬかすか」となる。
まず、磁気媒体では磁力の保持力が心配だ。デジタルデータだけに、徐々に劣化するのではなく、ある時期にいきなり読めなくなるだろう。その時点ではもう遅い。
また、光磁気ディスクも温度やホコリに不安がある。少しでも雑に扱うと、すぐに「データエラー。フォーマットしますか?」などと訊いてきやがる。
CDも100年保たないだろうと言われており、ましてや色素を使うCD−Rは更に短いだろう。直射日光にさらされれば、数日でデータは読めなくなるという。
電子画像なら、保存媒体の互換性も問題だ。その媒体は、新しいものが出たかと思えばまた別のものが消えていく。ちょっと気を抜いていると、再生装置が手に入らなくなる。それにこだわっていると、「時代遅れ」だと言われるだけだ。
結局、デジタルを扱うには、ある一定期間ごとにデータの移し替えが必要だ。もちろん、画像データが伝えられても、その時代には「BMP」などという画像フォーマットは存在しないかも知れない(GIFにしても、ライセンス問題が浮上してきて、衰退する可能性が出てきたしな)。その都度、その時代の画像フォーマットに変換しなければならない。
曾孫の時代まで自分の撮った写真を伝えるには、かなりのエネルギーがいりそうだ。これでは、便利なのか不便なのかさっぱり判らぬ。
いっそのこと、最初から電子化などできなかったほうが、迷いもなく平穏だったか・・・?
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