2000/04/05
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表紙

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2.用語集
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5.カメラ雑文
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カメラ雑文

[848] 2015年09月07日(月)
「女装カメラ」


●撮影の仕事が来た

世の中、仕事には色々と種類がある。
大抵の場合、クオリティは高いほうが良いとされる。安価であることが最優先であっても、安い上にクオリティが高ければ言うことは無い。
ところが、敢えてクオリティを上げてはならぬ仕事も中にはある。それが、今回の話。

発端は、営業担当が持ってきた撮影の案件だった。内容は、いわゆる商品撮影。
我輩は資材発注が仕事なので、本来ならば撮影業者に発注して後の作業を任せることになる。ところが今回は受注金額が極端に低いので、業者に発注すると元が取れず赤字案件となるのは確実(実際、業者2社に見積りを取ったが、受注金額の10倍くらいだった)。
だが営業担当は大口案件の付き合いもあり、この赤字案件を断れず持ち帰ってしまったのだ。

ただしこの撮影は、商品撮影とは言ってもカタログに掲載するようなプロクオリティを求めているものではないという。
業務上の守秘義務があるので具体的なことはここでは書けないが、特殊用途向けの作業機械の納入書類に貼付する写真とのこと。その製品は量産品ではないので、関係書類は手作り的。だから、コンパクトデジタルカメラで撮ったもので十分らしい。

もちろん、納入書類に使う写真なので必要なカットは決められており、全体の写真として、前・後・左・右、そして操作室のカットとなる。
だがその決まりさえ守れば、誰でも撮れる写真とも言える。

なお、今までは誰が撮っていたかというと、客先(大手メーカー)の社員が自ら撮影していたのだが、撮影を担当していた社員が間もなく定年退職となるらしい。誰でも撮れる写真とは言うものの、写真のプリントやCD-Rへの焼き込み、そして型番記入などの細かい手間があるため、他の社員は嫌がり、その結果、我が社に依頼が来たのだ。

業者に出せない案件ならば、社内作業(内作)するしか無い。
結局、「我輩が写真が撮れるから」という理由で、資材発注担当であるのに我輩がやることになってしまった。

早速、営業担当者と我輩の2人は客先へ出向き、参考のため撮影の手順を実地で見せてもらうことにした。
撮影はその製品の置かれている工場敷地で行なわれるもので、基本的に屋外撮影となる。撮影対象物はかなり大きく、人が乗って操作する機械製品であるから、角度を変えるために運転手に操作してもらう必要がある。

例の定年間近の客先担当者は、古そうなコンパクトデジタルカメラを構えて「画素は400万画素で十分だよ」と言いながらシャッターを切った。
フレーミング(ズーミング)やピント合わせにかなり時間をかけて撮影し、「失敗を防ぐために何枚も撮っておいたほうがいい」とのアドバイスも受けた。

撮影を見学した後、過去の作例となるプリント写真を拝見したところ、本当にシロウトが撮った写真で、決められたアングルにてピンボケしていないということ以外、特別にこだわりが無いように見えた。
そんな写真でも、納品書貼付用写真としては要件を押さえているので、これまで1度もエンドユーザーからのクレームは無いとのこと。

我輩が見たところ、金をかけずにクオリティを上げる手段は幾つか思い付く。
もしこれが一般消費者向け製品でカタログに掲載するような写真ならば、スタジオを借りて製品を運搬してくるなどの実費が必要になるだろう。しかしそこまでせずとも、遠近感を自然にするために撮影距離を長くしたり、直射日光による陰を和らげるためにストロボで照り起こしたり、あるいは背景に写っている電線やアスファルトのヒビ割れ、雑草などの見苦しいものをスタンプツールで潰すなどすれば、かなり見違える写真になる。

だが、我輩はそんなことは一切やらないこととした。

要求が無いからクオリティを上げないということについて、一見、仕事としてのプライドが無いように思えるかも知れない。
確かに、金がかからずクオリティが上がるならば誰もが歓迎するだろう。
だがそれは、値段付けとしては相応しくない。仕上がりが「松」・「竹」・「梅」とあるならば、やはり値段も「松」・「竹」・「梅」でなければ、以後全ての値付けが崩壊してしまう。

我輩の上司は、「クオリティの高さで受注金額を上げることを検討してもらえ」と言うのだが、正直そんなニーズは無い。
この写真撮影は、納入書類に使うだけのもの。撮影角度が厳密に求められるが、クオリティが必要なのではない。だからこそ、これまでは依頼元の社員が撮影したもので十分だった。
それが今回からは我輩の会社が請け負うことになるので、依頼元にとっては余計な費用がかかるようになってしまった。つまり、これ以上費用がかからないことが依頼元のニーズなのだ。

そして我輩は、それだけではなくもう1つ別の問題を懸念している。
もし写真のクオリティを一旦上げてしまったら、そこから再び元のクオリティに戻すことは難しいということ。

一旦クオリティを上げしまうと、もし後になって何かの事情で前のクオリティに戻ったとしたら、見る側は違和感を持つだろう。説明して済めば良いが、その時にエンドユーザーの担当者が別の人間に替っていたら、以前の低クオリティの時代を知らないのだからクレームとなることは必至。

だとすれば、一旦上げてしまったクオリティはどうあろうと維持せねばならなくなるし、そうなると我が社としてもずっとこの案件から離れられなくなる。例えば我輩が異動してしまうと、それまでと同じクオリティで撮ったり加工出来る者がいないので、外部の撮影業者に依頼せざるを得なくなる。そうすれば確実に赤字になる。

だからといってこの案件を依頼元に返すことも出来なくなる。依頼元からすれば、勝手にハードルを上げた状態で返されても依頼元も困るだろう。「余計なことをしやがって」と言われるのは目に見えている。

もちろん現時点では、依頼元はそこまでの問題意識は持っていないので、低価格のままクオリティを上げればその時は単純に喜んでくれるに違いない。そこがワナなのだ。

●撮影計画

撮影は依頼元の工場敷地で行うため、当然ながら客先担当者が立ち会う。つまり我輩の使うカメラが客先の目に触れることになるので、カメラの印象からクオリティについて余計な期待を持たせないよう、カメラ選定は慎重になる。
ちなみに我輩の職場には、コンパクトタイプのデジタルカメラ「Nikon COOLPIX P50」(参考:雑文619)はあるし、デジタル一眼レフカメラ「PENTAX K10D」(参考:雑文615)もある。

もし堂々たる一眼レフを投入すると、それこそクオリティを期待させることになるので、さすがに「K10D」は避けねばなるまい。となればコンパクトタイプのデジタルカメラを使うのが良かろうが、それだと撮影の難易度が上がる。

なお、世間一般には「本格的カメラよりもコンパクトカメラのほうが使い易い」という認識があるのだが、実はコンパクトカメラのほうが断然使いづらい。コンパクトカメラというのはフルオートが基本なので、撮影者の言うことはまず聞いてくれない。それに対し、本格的カメラは撮影者の意向どおりに動いてくれる。だからプロは本格的なものを好む。

それに、クオリティの問題以前に一番怖いのは、失敗をすることである。いつもと違うワークフローのコンパクトカメラを使うなど、思いもよらぬ初歩的ポカミスを引き起こす元凶であろう。

撮影を依頼される際、よく「本格的なカメラで撮らなくてもいいよ」などと言われることがあるが、撮影する側としては「楽をするために本格的なカメラを使いたいんです」と言い返したくなる。

結局のところ、必要とするカメラは「見かけがシロウトっぽく中身が本格的なカメラ」ということになろうか。
「羊の皮を被ったオオカミ」・・・とまでは言わないが、「女のように見えて実は男、要するに女装」という存在か。その気にさえなれば、力仕事が出来るのだ。

そこで考えたのは、我輩所有のマイクロフォーサーズカメラ「Panasonic DMC-GF1」である。これは赤ボディでペンタ部も無く、シロウト的な外見が女性的。
それでいながら、実はレンズ交換可能で、イメージセンサーも大きく、ホットシューも備え、RAW記録も可能。いざとなれば色々と対応可能で心強い。男として付いてるものはちゃんと付いている。

<女装カメラLUMIX DMC-GF1>
女装カメラLUMIX DMC-GF1

他に挙げるとすれば、同じくマイクロフォーサーズカメラの「Panasonic DMC-GF5」もある。
こちらはホットシューが無いのが不安だが、「GF1」よりもさらに女装が似合っている。

<女装カメラLUMIX DMC-GF5>
女装カメラLUMIX DMC-GF5

元々Panasonicのマイクロフォーサーズカメラは「女流一眼(※)」と銘打ち、女性をターゲットとして売り出したシリーズであった。
(※実際の女流一眼は「DMC-G1」であるが、「DMC-GF1」も同じ世代でカラーリングも共通しているため女流一眼のカテゴリに入るだろう。)

実を言うと「GF1」は、更にコンパクトな「GF3」や「GF5」を導入してから完全に出番が無く、売るにも値段が付かず、何かの役に立てばと職場に置いておいたもの。こういう用途でこそ活用すべきではないか。

ただ、私物は私物なので、業務で使う場合には情報セキュリティ上、メモリカードだけは会社備品デジタルカメラのものを使うこととし、上長である課長殿から承認を得た。その際、課長殿から「そんなカメラで大丈夫か?」と訊かれて我輩は内心喜んだ。
女流一眼、女装であることがバレなかったわけだ。

●撮影当日

さて、我輩は担当営業と2人で客先メーカーの工場へ出向き、相手の担当者殿と合流。撮影対象となる製品が置いてある場所まで案内された。
そこには機械を操作する現場作業者も数人おり、1パターン撮影するごとに機械を移動させて角度を調整してもらうことになっている。

我輩はその製品については専門外なので、今回のものがどう違うのかは分からない。どれも同じように見える。しかしそんな知識は不要で、決められた角度から撮影すれば良いだけの話。

我輩は早速、女装カメラ「GF1」を構えた。
すると、その様子を見た客先数人が「おっ、やっぱカメラが本格的だねー!」と声を上げた。
こちらはコンパクトカメラを装ったつもりだっただけに、「えっ! 本格的!? なんで??」と戸惑った。

一眼レフ的ペンタ部のシルエットすら無いこんな赤ボディのミーハーカメラが本格的に見えるというのは、目がどうかしているか、あるいは逆にカメラに詳しいのか。いや、これまでのやりとりから判断して、カメラに詳しいなど絶対に有り得ない。
だが現に、「本格的」と言われてしまった。
女流一眼、シロウト目にも女装であることがバレたか?

我輩は動揺しながらも気を取り直し、とにかく撮影を進めた。
撮影自体は、ミラーレスカメラゆえにスムーズに進んだ。
手動ズームなので、キュッとズームリングを回してちょうど良い位置でピタリと止められる。ピントが合えばシャッターはハッキリした手応えを以てただちに切れた。

もしこれがコンパクトカメラであったならば、スイッチを入れるたびにレンズが伸縮するので数秒待たされ、そして電動ズームを調整するのにちょうど良いポイントでピッタリ止められず行ったり来たりを繰り返す。そしてシャッターボタンを押しても測距に時間がかかったりしてなかなかシャッターが切れず、切れたとしても手応えが無いのでタイミングがズレて画面が傾いていたりするのである。
またそれだけでなく、例えば逆光では勝手にストロボが発光したり、勝手に露出が変わって露出不足になったりして撮影者の意志を無視する。だからと言ってオートを解除するには手間がかかるから始末が悪い。
こんな不自由を強いるコンパクトカメラは、達人レベルでなければ使いこなすことは難しい。

最近はコンパクトカメラであってもイメージセンサーを大きくしたり、レンズを高性能にしたりというラインナップも出ているが、出自がコンパクトカメラであるから根本的なところを越えられない。
例えるならば女が筋トレして男に近付こうとしているようなもの。だが所詮は女である。力仕事には限界がある。

しかし一眼レフカメラからレフレックスのみを取り去ったミラーレスカメラは、基本構造は一眼レフカメラに準ずる。元々男だったものからタマだけ抜いたものと言えよう。
レンズは手動ズームを装着しているので、スムーズにかつ自分の思い通りにフレーミング出来る。マニュアル露出も簡単にセット出来、そしてシャッターレリーズの手応えがしっかりあってタイミングも取り易い。
今回は必要無いが、もしやろうと思えば、高性能レンズを装着し、大型ストロボを使うことに何も支障無い。

一通りの撮影が終わったので、客先にその旨を伝えると、「早いな、もういいの?」と言われた。暗に「撮影が簡単過ぎて大丈夫かよ?」みたいなニュアンスを感じたので、「大丈夫です」と答えて解散となった。
心配されるくらいがちょうど良かろう。

撮影後、社に戻って画像データを確認したところ、撮影した通りの画像が得られていた。作画上の工夫は何も無いので、ただ単にピントが合った適正露出の写真であるが、それが今回求めているものである。それに、ワークフローが普段のRAW撮影と同じなので、いつもと同じ調子でやれるのが良い。下手にJPEGが元データではかえって苦労する。

この撮影画像を適正な大きさまでリサイズしてCD-Rに焼き、そして同時に銀塩プリント写真とすべく写真店にネット注文した。
翌日にプリント写真は出来上がったが、「思ったよりキレイに出来過ぎたか」と心配するほどであった。

営業を通じてCD-Rとプリント写真を納品したところ、特別な反応は返ってこなかった。「良い」とも、「悪い」とも、何も無し。
別案件の定常業務では何か問題があれば速攻でクレームが返ってくるので、反応が無いということはつまり、無難に終わったということであろう。

今回、撮影時の効率を落とさず、相手に期待をさせず、低予算に見合ったクオリティで価格体系を維持し、担当が変わっても誰も困らない撮影。
まあ今回は女装がバレて、「相手に期待をさせず」という点が弱かったかという気もするが、一応の任務は果たせただろう。

なおその半年後、我輩は川崎から横浜へ転勤することとなり、今回のたった1回の撮影だけで後任に託すことになってしまった。しかし決められた角度のカットを丁寧に撮れば、シロウトでも撮れるので心配していない。もちろん多少の根気は必要ではあろうが。

いずれにせよ、下手にクオリティを上げぬようにしておいたおかげで、自分も、後任も、そして客先担当者も、誰も困らぬことは幸いである。
当初の我輩の目論見が正しかったと言えよう。