2000/04/05
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カメラ雑文

[837] 2015年01月14日(水)
「マジメに答えて損した」


先日、友人と雑談をしていたところ、その友人がアメリカの月面着陸が捏造だと信じているとのことで、それを知った我輩は軽くショックを受けた。聞いてみれば、アポロ計画には様々な矛盾点があると書かれた本を読んだらしい。それら矛盾点の1つとして、月面上の影が平行ではないと主張する。これはつまり、照明光がごく近い場所にあるということを示すものであり、それゆえスタジオ撮影による捏造だと言うのだ。

<照明光がごく近い場所にある?>
照明光がごく近い場所にある?

その件については、かなり前に雑文330にて反証を行った。
平行な影を平行のまま写真に写すということは、むしろ難しい。それは線路と同じで、遠近感のため必ず消失点が出来てしまう。よほど真横や真上から撮らない限り、平行に写すことなど不可能だ。

<遠近感で生ずる消失点>
遠近感で生ずる消失点

しかしながら日常風景では、人間は物体の位置関係を認識・把握出来るので、線路が平行に見えなくとも不自然さを感じない。いや、平行に見えないものが無意識に平行に思えてしまうと言うべきか。
月面写真の場合も、位置関係を適切に示すための補助線を入れればおかしな点は無くなるわけだが、実際の月面写真には補助線は無く、「平行のものを写真に撮っても平行に写るべき」という思い込みによって誤解は解けない。

<メッシュ状の補助線を入れた状態>
メッシュ状の補助線を入れた状態

また逆に、不適切な補助線があるせいで不自然な風景となることもある。
例えば下の写真では、歩道に対して影がそれぞれ違う角度になっているように見える。もちろんこれは、広角レンズのせいではなく肉眼で眺めても同じように見える。

<影の角度が完全に違って見える>
影の角度が完全に違って見える

これは、補助線の役割をする歩道のラインの消失点と、影のラインの消失点がズレているために起こる「錯覚」である。

このように、人間の感覚というのは様々に変化する。このことを自覚しておらねば、悪意あるミスリードに簡単に騙されてしまうことになる。

ミスリードは、やる側にも原因があるが、受ける側としても、無自覚な無知が招き寄せてしまう。
知識の空白部分に誤った前提を刷り込まれれば、それが唯一の判断材料となってしまい、誤った結論に誘導されるのだ。ムリヤリに結論を信じ込まされるのではなく、狙った結論に自ら進むよう仕向けるのだから、騙されるほうも騙されたとは気付かない。
これはまさに、悪徳商法の常套手段に他ならぬ。

ミスリードに流されないようにするには、自分の中に隙を作らぬよう、正しい基本原理を学び理解することである。
そうすることにより、ミスリードされそうになっても「それは前提がおかしいぞ」とか「不自然なことは何も無いじゃないか」と気付くことが出来る。


さて今回、同じ影のことでも「影のボケるしくみ」についてまとめてみたい。
影はどういう時にボケるのか、なぜボケるのか。その原理を理解することで変な思い込みをしてしまうことを避け、もしまた月面着陸のような写真で「影が微妙にボケていた!捏造だ!」という騒ぎが起こったとしても冷静に考えることが出来よう。

またそれだけでなく、写真撮影におけるライティングで思い通りの影を作ることにも役立つものと思う。
もし影の原理を知らぬまま、ライティングを"見た目調整"でやってしまうと、狙ったものに近付いたり離れたりして効率が悪いし、ましてや瞬間光のストロボを使う場合には、肉眼ではライティングを確認出来ないので1枚1枚テスト撮影しながら確かめるしか無く、延々とトライ&エラーを繰り返さねばなるまい。

世の中にはストロボ撮影を敬遠する者がいるようだが、もし「ストロボは光が硬い」などという理由で嫌うのであれば、それこそ思い込みによる誤解であると言いたい。
まさか軟水や硬水のように、光の種類によって硬い柔らかいなど決まっているはずもない。ストロボだから光が硬いわけではなく、調整が不十分だから硬いままとなるのだ。
影の重要性についての説明は次回雑文に譲るとして、今回は影のボケるしくみを改めて知ることが重要と考えた。

まず、影はどんな状態の時にボケるのかと問われれば、どう答える?
もちろん「光源の面積が大きい時」というのも一つの答えだが、それは物事の一面を捉えているに過ぎない。光源の面積が一定であっても、他の要因でボケ方は変化する。
下の例は、光源との距離は一定の状況にて、地面との距離の違いで影のボケがどう変わるのかを示したものである。ちなみに撮影は光量を一定としたので、地面の離れた写真は暗くなっている。

<地面との距離によってもボケ方は変化する>
地面との距離によってもボケ方は変化する
地面との距離によってもボケ方は変化する

もちろん、この例を挙げて「影のボケは、光源の面積と地面の距離に影響する」などと結論付けようとしているわけではない。これは、光源の面積以外の要因で影がボケるという一例を挙げたに過ぎない。

本当に知らねばならぬことは、「どういうしくみで影がボケるのか」ということ。それさえ分かれば、そこから、光源の面積を大きくしたり、地面との距離をとったりするという方法が思い付く。わざわざ経験から知る必要も無い。しくみや原理さえ知っていれば、これまで経験したことの無い新しい方法も思い付くこともあろう。

そういうわけで、以下、影のボケる現象について見ていくこととする。

以前、雑文819にて「本影」と「半影」について簡単に触れた。
実はこの用語、主に日食や月食などの天文分野で使われるものであまり一般的ではないが、この概念はライティングには大いに関わる問題なので、改めて基本的なことから詳しく書き記す。

太陽からの光は、平行光線と見なせる。
地球上にある2地点がどれほど離れていようとも、太陽までの距離と比較すれば誤差程度しか無い。だから人間の手の届く範囲で言うと完全に平行光線と言っても良い。

この平行光線を物体で遮ると、その物体と同じ大きさの影が地面に落ちる。なぜならば、平行に光が届くので、影もそのまま広がらず平行に地面に落ちるからだ。
光が広がらないとなれば、影の輪郭は光をくり抜いたようにクッキリとしたものになるということだろうか?

<平行光線による影はクッキリとした輪郭になるか?>
平行光線による影はクッキリとした輪郭になるか?

答は、「否」。
地面からの距離が離れるに従ってボンヤリとしてくる。もちろん、地面に近ければ影の輪郭はクッキリしているように見えるが、完全にはクッキリとしていない。

<平行光線による影でも地面から離れると影はボケる>
平行光線による影でも地面から離れると影はボケる

「これは光の回折による回り込み現象だ」という説明もたまに見かけるが、光のような波長の極めて短い波による回折はここまで顕著に現れない。もちろん回折の影響はゼロでは無かろうが、その影響は極めて小さく、細いスリットからの光でなければ一般的には無視して良いレベル。

また他にも、「これは青空からの照り返しのせいでは?」という意見もあろう。
確かに、日陰では青空の照り返しによって色温度が高くなることは良く知られており、その色カブリを補正するための「スカイライトフィルター」というものがある。
しかしながら、現実には直射日光に並ぶ光量でなければボカすことは不可能である。青空には影をボカすほどの光量はさすがに無い。青空を直接目で見ても目が眩まないのが証拠。

空からの照り返しのせいではないことは月食を例に取れば分かる。月面では空気が無いので地球の影がクッキリと出るはずなのだが、実際には部分月食では地球の影はボケている。

<部分月食にて月面に落ちる地球の影はボケている>
部分月食にて月面に落ちる地球の影はボケている

なお月食の場合、「太陽光を遮る地球の表面に空気があるせいだ」という意見があるかも知れない。実際、そのように解説しているウェブサイトも存在する。しかし、地球の空気の層を通った光は青い光が散乱・吸収され、残った光は赤くなる。皆既月食で月が赤く見えるのはそのせいであるが、その赤い光は、完全に影に隠れた皆既状態でなければ見えないほどの弱い光。そんな弱い光には、影の輪郭を弱めるほどの光量など無い。

<露光レベルを大幅に上げてようやく地球大気を通った赤い光が見えてくる>
露光レベルを大幅に上げてようやく地球大気を通った赤い光が見えてくる

もし百歩譲って、仮に照り返しの光量が大変強かったとしても、影が薄くなるだけであり、なだらかなグラデーションを持つボケは作れない。つまり、輪郭のクッキリした影が単純に薄くなるだけで、決してボケることはない。

影のボケはどうやって出来るのか?

結論から言えば、影のボケは「半影」によるものである。
「半影」とは、大きさを持った光源が部分的に遮られる、つまり太陽が欠ける状態で作られる影のこと。それは影であり、同時に照明でもある。だから「半影」を「半照明」と言っても同じ意味となろう。

太陽が建物で半分隠される場所で空を見上げた時、そこに届く明るさは単純計算で50パーセントになる。
そして建物の影に近付くにつれ、太陽は建物に隠れていき、光も弱くなる。
これは、影がボケるというよりも、明るさの異なる影の領域が連続してグラデーション状になっているため、見た目的にボケているように見えるということに他ならない。

<月面から見上げると、場所によってこのように見える>
月面から見上げると、場所によってこのように見える

もし仮に太陽が、見かけ上の大きさを持たぬ点光源であった場合、点光源を部分的に欠けさせることは不可能となる。欠けたと思ったらもうその時点で光源の全てが隠れてしまう。100%光量か、あるいは0%光量のいずれかしか無い。だから、点光源では半影は発生しない。

<もし太陽が点光源ならば影はボケない>
もし太陽が点光源ならば影はボケない

ところでなぜ、地面から離れれば離れるほど影がボケるのか。
ここで重要なのは、光源である太陽が大きさを持っているという点である。

この場合、状況によって2つのパターンがある。
これは、太陽が欠ける面積が変わる状況を考えれば理解出来る話。

まずビルの影の輪郭がボケるケースを考えてみたい。
ビル屋上の影と、ビル根元の影は、輪郭のボケかたが異なる。上に行くほど影がボケるのだが、これはなぜか。

<ビルの影のボケの違い>
ビルの影のボケの違い

この現象は、距離によって半影が拡大されるという解釈が当てはまる。しかしこの説明では、頭で理解しても実感にまでは至るまい。
ならば、この状態を地上の影側から見た場合、どのように見えるのであろうか。

ビルの影の場所から見れば、影の上の部分と下の部分とでは、横に歩いた時にビルの動きの速さが異なる。これは例えるならば、列車に乗って景色を見ていると、近景の動きが速く、遠景の動きが遅いのと同じ現象である。
ビルの根元は近景であり、地上を少し歩いただけで太陽が完全に隠されてしまう。だから半影の範囲が狭い。よって影のボケが少ない。
一方、ビル屋上は遠景であり、少々歩いても動きが少なくなかなか太陽が隠れない。だから、半影が広いと言える。よって影のボケが大きい。

<同じ距離を歩いた時の動きの差>
同じ距離を歩いた時の動きの差

今度は、遮光物体の面積が小さいケースを考えてみたい。
遮光物体の面積をどんどん小さくしていくと、あるところを境に光源よりも小さくなり、光源を完全に覆い隠すことは出来なくなる。本影というのは光源が完全に隠れることによって出来る影なので、光源を完全に隠せなくなったその時点で本影は消滅する。
(「Wikipedia」によれば、これは「対影」と呼ばれるようだが、両サイドの半影(つまり半照明)が重なって明るくなる現象なので、わざわざ別現象のように分けるとややこしくなる。)

例を挙げれば、木の枝葉や電線などがそれに該当する。
細い物体は少し距離が離れるだけで本影が消滅し、半影のみとなって急激に薄まる。つまり、影がボケる。


<地面との距離が近いと葉が大きくなり太陽全体を隠せる=本影がある>
地面との距離が近ければ太陽全体を隠すことが出来る=本影がある

<地面との距離が離れると葉が小さくなり太陽全体を隠しきれない=本影がない>
地面との距離が離れると太陽全体を隠すことは出来ない=本影がない


これは、先ほどのビルの影のボケと似ているが、本影が無くなるのでボケの強度は全く異なる。
ビルの場合では少々離れたくらいでは太陽よりも小さくなることは難しく、そのため本影が無くなることはないが、樹木などではちょっとした高さで太陽の大きさよりも小さくなり、本影が消えてボケも大きく見える。



<木の枝や電線は地面から離れるほど影がボケる>
(※画像クリックで長辺1000ドットの画像が別ウィンドウで開く)
木の枝や電線は地面から離れるほど影がボケる
木の枝や電線は地面から離れるほど影がボケる

ここまでのことから分かることは、「影のボケとは半影によるもの」ということと、「半影は影であり同時に照明でもある」ということである。

だから影をボカすために、例えば補助光を加えて本影部分に疑似的な半影を被せることも有効な手段であるし、被写体と光源の相対距離を変えるのも一つの方法であろう。また変わった方法として、長時間露光中に光源を移動させるのも良かろう。
いずれにせよ、影のボケる原理が分かれば、発光面積を大きくするだけが影をボカす唯一の方法ではないことが理解出来るはず。そしてまた、影の積極的なコントロールによって、新たな表現手法を開拓することにも繋がる可能性がある。


さて、アポロ月面着陸が捏造であると信じている友人の話の続き。
我輩はそんな彼に遠近感についての講釈をし、参考写真までメールしてやったのだが、それに対して彼はあまり反応を返さなかった。

もはや彼にとっては真実の追及はどうでも良いのかも知れない。単純に、陰謀説が面白いかどうか、その程度であったように思える。
要するに、「マジメに答えて損した」ということだ!

<マジメに答えて損した>
(※画像クリックで長辺1000ドットの画像が別ウィンドウで開く)
真面目に答えて損した

なお、この雑文の説明は自分のメモとして大いに役立つので、マジメに答えて損しているわけではないことを強調しておく。


(2015/01/21追記)
また無知な映像専門家による誤診が出たぞ。
現在、イスラム国と呼ばれる紛争地域にて、日本人2人が人質となり2億ドルの身代金が要求されている。その動画が犯人によってネット公開されているが、その動画が合成である可能性があるという"映像専門家"の指摘があるそうだ。と言うのも、犯人と人質のそれぞれの影の向きが不自然であるとのこと。

我輩は、"映像専門家"と聞いただけで眉に唾を付けるのだが、今回は影の問題ということで、「おいおい、まさか・・・」という予感があった。
そして実際に動画を見たところ、やはり思った通りであった。

<影が不自然と言われる映像>
影が不自然と言われる映像

影が不自然? どこが?
我輩には、極めて自然に見えるが。

映像の専門家と言うならば、見た目の雰囲気だけでなく、数値的な解析をしたのかと問いたい。
当然、映像から撮影距離を特定し、そこから遠近感のシミュレーションを行い、影の検証をしたんだろうな?
それが出来ないならば、少なくとも映像の専門家として、合成の繋ぎ目を見付けるなどするべき。

我が国には人材はおらんのか?


(2015/01/21追記)
映像合成説は日本政府による発表らしいのだが、だとすればあまりに稚拙過ぎる。
もしかしたら、これは政府による1つの戦略ではないか? 何しろ、人質殺害までのタイムリミットは映像が公開されてから72時間だという。
だとすれば、敢えて日本政府が「映像が疑わしい」との見解を述べることで、犯人側の新たな証拠提示をさせるよう促し、結果として時間稼ぎとする苦し紛れの戦略かと思うのだ。
なお、これはいつもの皮肉ではない。我輩が政府首脳の立場であったとすれば、こういった方法も検討するだろう。
恐らく現在、水面下ではあらゆることが行われているはず。事件が無事に収束することを望みたい。