2000/04/05
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表紙

1.主旨と説明
2.用語集
3.基本操作法
4.我輩所有機
5.カメラ雑文
6.写真置き場
7.テーマ別写真
8.リンク
9.掲示板
10.アンケート
11.その他企画

12.カタログ Nikon
 F3 (F3H)
 FM3A
 FM2
 FM
 FE2
 FE
 FA
 FG
 FM10
 FE10
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RICOH
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 XR-8SUPER

カメラ雑文

[711] 2010年11月14日(日)
「蔵王のお釜(9)-雨の蔵王」


我輩が「蔵王のお釜」を最初に訪れたのは7年前である(参考:雑文444)。
それ以来、毎年この地を訪れ、去年でもう8回目となった。

最初に我輩を惹き付けたのは、その不気味な様相であった。
クレーターのような地形に溜まった不透明で深い緑色の湖水。初めてその景色を図鑑で見た時、とても地球上の風景とは思えなかった。

何度か訪れるようになると、今度は火山地形としての興味が大きくなった。
火山に関する書籍や資料を集め、そこに書かれている内容が「蔵王のお釜」のどこに当てはまるのかを探したりした。
また、「蔵王のお釜」を含む周辺地形全体を見渡してそこから新たな発見をしようと、立体模型を作ったりもした。

そして最近興味を持ち始めたのは、雨水による浸食と堆積、そして雨水そのものの集まり方についてである。

我輩は小さい頃、雨が降ると畑の隅で水路を作って遊んだりしたものだが、降った雨が畑の盛り上がりから流れ落ちてあぜ道に集まり、そこに水が流れていた。その水を導いて自分の水路に流すのである。
しばらく見ていると、水は水路を削り、下流では土砂が溜まった。まるで、本物の川のようである。

しかしながら、実際の川はもっと複雑で緻密な構造をしている。
滝があったり、伏流したり、長い間に出来た浸食があったりする。中でも、上流と下流で異なる礫の大きさと形は、図鑑の模式図などではよく目にする。
それらの構造は、自分で作った小規模な川では見られない。大きさと時間のスケールが違い過ぎて比較にならないのだ。

本物の川は非常に長い。実際に目で見て何かが分るものではない。目に見えるものは、川の中でのほんの一部でしかない。
上流や下流を見ようとも、木々に隠され、山々に隠され、距離に隠され、川の全体像を一望することは不可能である。
図鑑で見るような、解り易い模式図の川は存在しないのだ・・・。

ところが模式図の川が、「蔵王のお釜」周辺に存在することを発見した。
そのことについて、これまでも雑文にて何度か触れ、調査もしている(参考:雑文501)。

川の流れが始まる最初の地点、そしてそれらが合流する地点、大きな流れとなって太い浸食が見られる地点、崖を流れ下る滝と滝つぼのある地点。そして別の川となるが、お釜に注ぎ込む三角州の堆積が見られる地点。
これらは、我輩が図鑑で見たそのままの姿であった。木々や距離に邪魔されることなく、狭い範囲で見渡すことが出来る、そんな箱庭的地質見本がそこにあったのだ。


ところで話は変わるが、NASAのウェブサイトでは宇宙の画像をカテゴリ別に公開している。我輩はそこで火星の画像を中心に見ていた。
中には驚くほど高解像度の画像が含まれているため、閲覧にはかなりの時間がかかるものの、表示された画像を丹念にスクロールして見ていくと、心の躍動を抑えることが出来なくなる。
この風景は、まさに「蔵王のお釜」の周辺地形そのもの。岩石の散在する殺風景な大地がとても似ていて驚く。

<火星上空からの写真>
火星上空からの写真
[NASAサイトから引用]

我輩はこれまで何度も蔵王の地形を歩き、その感覚が今でもこの脚に残っている。火星表面の写真を見ていると、蔵王での感覚が蘇り、自分が火星表面で「ガリッ、ガリッ」と岩石を踏み歩くような、そんな音が聞こえてくるのだ。

火星の写真の中には、水の流れたような跡や、水が関係したと思われる浸食地形(ガリー浸食)が認められる。中には、時間差で撮られた2枚の写真の新しいほうに何かが流れた跡が写っているものがあり、それが水によるものなのかは別としても、浸食活動は現在でも起こっていることが指摘されている。

<火星のクレーター壁面を時間差で写した2枚の写真>
火星のクレーター壁面を時間差で写した2枚の写真
[NASAサイトから引用]

我輩は、そういう写真を見ながら、ぜひ現場に行ってその光景を目の当たりにしたいと思った。だが、NASAと繋がりのある地質学者でもない我輩が行くことはまず不可能。
もしも「片道で良ければ」などという申し出があったならどうする?
きっと、死ぬほど悩むに違いない。

結局のところ、悩む必要も無いほどに行くことが不可能な火星である。
ならばその代わりとして、蔵王での水の流れた跡を火星のものとして観察することは可能だ。

だが、涸れた川自体の調査は、これまでも少しはやっている。もう一度同じ調査をすることは取りこぼした情報を得るには良いとは思うが、大きな発見は望めまい。
遠い場所から訪れるわけであるから、それなりに調査の必然性が無ければ動くのは難しい。

そこでふと、思った。
「この涸れた川に水が流れるとしたら、一体どんな様子になるだろうか?」
これまでは、浸食跡を見て水の流れを想像するだけだったのだが、実際に水が流れる様子を目で見て、本当に想像どおりかを確認するというのはどうだろう。
もしそれが実現したら、その1回だけで今後10回の晴れ登山に相当する価値があろう。

ただ、雨の登山は我輩にとっては未踏の領域。
雨の降る状況で山に行けるものなのか? 危険ではないのか? そもそも、撮影機材を雨水から護りながら撮影が出来るのか?

しかしながらウェブ上で検索したり、登山の先輩に質問したりして雨の登山の可能性を探るうち、本格的な登山でもない限り特別大変なものではないと思えるようになった。
何しろ、「蔵王のお釜」が見えるすぐ近くまではクルマで行けるのだ。
そしてついに、我輩はレインウェア一式を調達し、雨の蔵王に臨むことを決心した。

決心したのは、10月8日(金)。
天気予報によれば、10月9日(土)から雨が全国的に降り始め、翌10月10日(日)には各地で洪水注意報が出る見通しとのこと。これは都合が良い。
いつもは快晴を狙っていた蔵王行きだったが、まさか雨の日を待ち望むことになるとはな。

ウェブ情報や先輩のアドバイスによれば、レインウェアの素材は「ゴアテックス」というものが良いらしい。防水性はもちろん、内側からの通気性もあるので蒸れないという。
10月9日(土)に近所のショッピングモールにあるアウトドアグッズに行ってみたのだが、「ゴアテックス」製のものはかなり高く、それに準ずる素材のレインウェアしか買えなかった。上下セットで1万円。それでも、機能性を謳っているので、少々の雨中活動ならば何とかなろう。

他には、ザックを雨濡れから守るザックカバー、そしてステッキ。
ステッキについては、これまで一脚をステッキ代わりに使っていたのだが、最近は体力低下の自覚もあるので、やはりグリップの付いている専用のものが良いだろうと思い、この機会に買うことにした。

ショッピングモールからの帰り路、雨がかなり強くフロントガラスを叩き、少々のワイパー速度では用を成さない。物凄い雨だった。
「これは期待出来るな」と思った。

カメラの防水については、とりあえずレインウェアの胸元の中に納めておき、撮影する際に取り出して使うことにした。
当然ながら、取り出した状態ではカメラが雨に晒されるため、撮影時は折り畳み傘を開くことにする。
そうなるとメインの中判カメラは、大柄な一眼レフ「BRONICA SQ-Ai」を使うのは難しい。沈胴レンジファインダー形式の「New MAMIYA-6」を使うことにする。

また、サブカメラには35mmカメラを使うのだが、マルチスポット露出計としても使うため、「OLYMPUS OM-4Ti」を動員する。こちらはレインウェアの中で肩に掛けておくつもり。
ところが、フィルムが2本しか無いことに気付いて慌てた。気付いたのは出発前の夜。もう調達方法が無い。
ならば、デジタルカメラではあるが、マイクロフォーサーズの「Panasonic DMC-GF1」を念のために持って行く。どのみち、クルマの走行距離を記録するために必要ではある。

10月11日は祝日のため、体力の消耗具合によっては無理せず車中泊してゆっくり帰ってくることも想定しておきたい。
そういうわけで、クルマの後部座席はトランクスルー状態として布団一式を積み込んでおいた。もう涼しい季節であるから、1泊するくらい何の問題も無い。

前日は昼寝などをしていたので、もしかしたら寝なくとも夜中出発は可能かと思ったのだが、それでも2時間くらい寝て、午前1時25分に出発した。普通に走れば5時間後の6時半頃到着予定。
雨は、相変わらず降っている。この雨のまま、山頂に着ければ申し分無い。

クルマというものは、雨の日でも平気で行動出来るのが大きなメリットとして我輩は認識している。
後の洗車が面倒になるが、それでも雨のドライブというのは、クルマを所有しているという実感を強く感じてなかなか良い。

高速道路に入ると、バチバチと雨がより一層激しく当たるようになる。いい感じだ。これから更に激しくなるのだというのだから、期待が高まるばかりでなく、早く現場に着きたいという気持ちも強くなる。
それにしても、雨が降って喜ぶというのは、山登りではなかなか経験しないものだ。晴れて喜ぶのが普通なのだが。

強い雨でワイパーが最速でもあまり役に立たないので80km/hで走行していたのだが、他のクルマは我輩のクルマを次々に追い抜いて行く。ミニバンも多いようだが大丈夫なのか? ちなみに道路の表示板には雨による80km/h制限が出ていた。

<雨の東北自動車道>
雨の東北自動車道
[車載ビデオカメラ] 2010/10/10 02:03

途中、眠気が出てきた。
布団を積んでいるので、仮眠するのは問題無いが、それにしてもまだ4分の1程度しか進んでおらず、この先のことを考えるとせめて半分まで行ってから仮眠しようと思った。

3時45分頃、ようやく中間地点と言えるくらいの位置にある「那須高原サービスエリア」に入った。

<那須高原サービスエリアの位置>
那須高原サービスエリアの位置
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm] 2010/10/10 03:44

いつも車中泊するように後部座席の布団に入り、目覚まし時計をセット。
もうこの季節になると暑くはない。しかも雨の天気。横になるとあっと言う間に眠り込んだ。

目覚ましアラームが鳴ったのは1時間半後の午前5時。まだまだ暗い。
雨はまだ降っていたが、激しさは無い。 眠気が無くなったので、すぐに運転席に戻り、クルマを発進させる。

ところで、ふと思ったことがある。
以前、蔵王山頂にて、横から流れてきた雲に没したことがあったが(参考:雑文445)、あの時はただ濃霧に囲まれた状態となっただけで降雨は無かった。そのため霧が雨を降らせるイメージが今ひとつ涌かず、山で雨が降るとしたらどういうふうに降るのか想像つかない。
もしかしたら、山頂での雨は「上から降ってくる」のではなく「濃霧の中で水滴が付着する」という感じなのだろうか。だとすれば、大量の雨水が流れるようなことがあるだろうか・・・?

そうは言っても、「蔵王のお釜」には現実に水が溜まっている。
あれは、五色川などの小川から注ぎ込まれた水であるが、お釜よりも高い位置にある"馬の背"と呼ばれるカルデラの外輪山から流れてくる。ということは、やはり雨が降ることは間違い無かろう。

それにしても、6時くらいになると、空もかなり明るくなり、雨もやんできた。あるのは霧くらいのもの。 「まずいな、もしかしてもう雨は降らないのか?」
だんだんと不安になってきた。
「いや、きっと雨雲を追い越してしまったに違いない。現地で待っておれば、すぐにまた雨が降り出すはず。天気予報では今日が洪水注意報だからな。」

<雨はやんだ>
雨はやんだ
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm] 2010/10/10 06:27

6時半頃、ようやく白石インターチェンジまで達し、そこから一般道へ降りる。空は少々明るい曇り空で、雨の気配はほとんど無い。
そしてすぐにファミリーマートで昼食とする惣菜パンやおにぎりを調達した。

その後蔵王エコーラインを目指してクルマを走らせたが、所々で霧が出てきて少々期待を持たせる。

<蔵王エコーラインを目指す>
蔵王エコーラインを目指す
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm] 2010/10/10 06:54

蔵王エコーラインに入ると、早朝という時間帯とこの天気のせいか、ほとんどクルマが走っておらず、快調に登って行くことが出来た。
無数のカーブが連続する九十九折り(つづらおり)の道では、やはりセダンタイプは踏ん張りが利くので心強い。

<蔵王エコーライン>
蔵王エコーライン
[車載ビデオカメラ] 2010/10/10 07:18

刈田岳山頂へは7時半に到着。
最後の一走りとなる有料の蔵王ハイラインの料金所、夜間は職員がおらず無料で通れるのだが、さすがにこの時間では職員がおり、通行料520円を払わねばならない。

駐車場に入ってクルマを停め、一息ついた。外に出てみると少々肌寒い。
雨は降っていないのだが、駐車場路面はさっきまで降っていたかのように濡れている。とりあえず、先ほど調達した食料の半分を食べて朝食とした。

<刈田岳山頂駐車場>
刈田岳山頂駐車場
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm] 2010/10/10 07:29

食後、我輩は早速トレッキングシューズに履き替え、ザックに撮影機材と食料を積み込んだ。とにかく、お釜の浸食地形がどのようになっているのかが知りたい。そしてそこで雨が降り始めるのを待つつもり。

雨が前提のため、出発時からレインウェアを着ることにした。レインウェアでも防寒の機能があるため、フードを被ると風もシャットアウトし寒さがほとんど無くなった。しかし念のためもう一枚着込んでおいた。暑くなれば脱ぐことにする。

カメラは、66判ブローニーの「New MAMIYA-6」を首から提げ、デジタルカメラ「Panasonic DMC-GF1」は肩に掛けている。レインウェアはその上から着ているので、雨に濡れることは無い。もし降雨中に撮影する際は、折畳み傘を開いてカメラを取り出すことになる。
ちなみに、35mm判の「OLYMPUS OM-4Ti」はザックのほうに入れてある。

さて、お釜のほうへ歩いて行くと、本当に濃霧状態で周囲が何も見渡せない。
この標高で濃霧というのは雲の中に没している状態と思われるので、これで雨が降っていないというのは雨雲ではないということなのだろうか?

途中、水溜りを見付けた。
やはり、ごく最近ここで雨が降ったらしい。
我輩はその水溜りと、その周辺の地形をメモ的にデジタル写真に収めた。まるで、火星の地に降り立ち、そこで水溜りを見付けたかのような気分であった。

<水溜り>
水溜り
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm] 2010/10/10 08:24

お釜へ降りるポイントまで歩き、毎年やっているように崖を下降していく。
今回はステッキがあるため、体勢が安定している。ケチらず早めにステッキを導入しておけば良かった。

下に降りると、「濁川」に出た。
この川の名は誰が付けたのかは知らないが、お釜研究で有名な安齋徹教授が昭和36年に著した「神秘の火口湖 蔵王の御釜」にも記述されているので、古くからある名前のようだ。

「濁川」の名の通り、一見すると川は茶褐色に濁っているようにも見えるのだが、良く見れば川の水そのものは特に濁っている様子は無く、川床の小石に赤色の析出物が付着しているのみ。
それにしてもこの様子は、お釜湖水に接している岩石の様子と似ている。

<濁川の茶褐色の小石>
濁川の茶褐色の小石
<蔵王のお釜の茶褐色の岩石>
蔵王のお釜の茶褐色の岩石

我輩は、このような共通性から「この川は、お釜の水が流れ出したものだ」と考えている。またそのように考えれば、お釜湖水の水位が比較的安定していることも説明出来る。
湖水に流入する水は季節により増減するのだが(主に馬の背外輪山の雪解け時に、湖水流入河川の本数が増える)、湖水はある一定以上には増えないように見えるのだ。ましてや、お釜から水が溢れる様子など見たことが無い。どこかに水が浸透する出口があるのではないか。

このことは安齋徹教授が指摘していることであり、我輩が最初に思い至ったということではない。
だが我輩のこれまでの調査では、お釜の湖面近くには不透水である粘土層が広く横たわっていることが判っている。これは火山灰の堆積によるものか。我輩は、この粘土層が湖水の上限を決めているのではないかと考えている。

もしそうなら、溢れた水が濁川へ流れ出す地点がどこかにあるに違いないが(お釜から下へ流れる川は濁川しか無い)、ただ、これまで濁川を遡(さかのぼ)ってみたことは無い。
今回時間が許せば、後で濁川を遡って確かめてみたいと思う。

さて、これからお釜右手にある浸食地形のほうへ行くのだが、その途中、お釜湖面が見えた。濃霧の中でも湖面が見えるのは窪地のせいか。馬の背外輪山方向を見上げると、白い雲に没して何も見えない。上にいる観光客の声がかすかに聞こえてはきたが、彼らからは我輩が見ているお釜湖面は全く見えていないであろう。

浸食地形に到着したところ、水は全く流れていなかった。
雨が降っていないとはいえ、先ほどまで降っていたようだったので、もしかしたら少しくらい雨水が流れているのではないかと淡い期待を持っていたのだが。

川床に降り、溜まっている砂地を調べてみたところ、少々湿っているようだった。
また、脇にある大きな岩石のヘコミに水が溜まっているのに気付いた。
やはりここを水が流れたのだろうか。だとしたら、流れている様子をこの目で見てみたい。いや、ただ流れている様子だけでなく、周囲の地形がどのようにここへ水を集めてくるのか、そして全体の地形を見渡してスケールを感じ、我輩の頭の中にある模式図的なデフォルメを正したい。

<浸食地形(上流方向)>
浸食地形(上流方向)
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm] 2010/10/10 09:06

我輩は、川床の平らになっている砂地に腰を下ろし、しばらく雨を待つことにした。
天気予報によればこの日は雨であることは間違いない。待っていればそのうち雨が降ってくるはず。
浸食で窪んでいる場所のため強い風は避けられるのだが、それでも多少の風はあり寒い。フードを被って顔の部分を締めているのでそこは大丈夫なのだが、手袋をしていないので手が冷たくなる。動かないでジッとしているのも原因か。
仕方無いのでレインコートをまくってズボンに手を突っ込み暖めた。

空を見ると、雲が強風で流れているのが見える。
馬の背外輪山のほうから、白い塊が流れ込んでくるのだ。そしてそのまま風に乗ってこちらにふきつける。そうなると、しばらく周囲が濃霧となり視界を失うのだ。

しかしこの状態でも雨は降る様子が無い。
いったいどういう状態になれば雨が降るのだ?

さて、しばらく座っていると、どこからともなく人の声が近付いてきた。声の感じからすると20代の男女数人という感じだった。
まさかこの濃霧状態で馬の背から降りてきた登山者がいるのか?

そして、浸食地形から頭を出せば彼らの姿が見えそうな距離、恐らく10メートルくらいの距離に感じたので、ちょっと立ってみた。

「・・・?」

人影は全く見えない。いくら濃霧だと言っても、強風で雲が流れている状態なので、少し待っていれば視界が開けるのだ。
それなのに、誰もいない。

もしかして、馬の背外輪山にいた観光客の声が風に流れてきて、あたかも近くにいるように聞こえたか?
しかし、馬の背まで300〜400メートルくらいあるように思うのだが、ほんのすぐ近くにいるように聞こえたりするのも不自然に思う。
山ではおかしな事が起こるということを聞くが、これもその一つなのだろうか?
何とも理解に苦しむ妙な出来事だ・・・。

それはともかく、冷える身体にエネルギーを供給しようと思い、昼食にはかなり早いが川床に座り直して腹ごしらえすることにした。
食べた後は少し暖まったが、それにしてもただ待つのもツライ。何もすることがない。
こんな蔵王のお釜行きは、今回が初めてだ。

結局、ただ待っていることは長時間出来ず、浸食地形の川上のほうへ散歩することにした。
ただ、浸食地形の窪みから出ると強風が当たってツライ。フードを被れば寒さは何とかなったが、風に煽られながら歩くのはしんどい。
また、撮影のたびにいちいちレインウェアのジッパーを開け閉めするのも大変だったため、カメラは雨が降り出すまでは外に出しておくことにした。

強風は雲を物凄い速さで引きちぎり、次々に目の前を通り過ぎて行く。
かと思えば自分自身が雲に包まれ、視界が失われることもある。

フードを被りゴムをきつく締めると、少なくとも聴覚は外界から遮断されたような状態となる。聞こえるのは、レインウェアの擦れる音と、自分自身の息づかいのみ。まるで、宇宙服を着て火星表面を歩いているかのようだ。

<蔵王のお釜浸食地形(下流部全景)>
蔵王のお釜浸食地形(下流部全景)
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm(5枚合成)] 2010/10/10 10:12
<火星表面>
火星表面
[NASAサイトから引用]

浸食地形を遡り、川の一滴が始まる場所まで到達した。
雨は、まだ降らない。
ここから川が始まる様子を見たかったのだが。

しばらくその場に立って雲の流れる様子を見ていたのだが、強風が浸食地形を駆け上るように真正面から吹き付けるので気が休まらず、別ルートから浸食地形をゆっくり下ることにした。

上流のほうは、川筋が幾つも離合を繰り返していて面白い。小さな水流がどんどん太くなっていく様子が目に見えてくるようだ。
願わくば、本当に水が流れている様をこの目で見てみたい・・・。

<離合を繰り返す川筋(下流方向)>
離合を繰り返す川筋(下流方向)
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm] 2010/10/10 11:08

時々、強風であっと言う間に周囲が濃霧に包まれ撮影を邪魔する。しかし少し待っていると、やはり強風のためにあっと言う間に濃霧が晴れたりする。
撮影はそういう合間を見計らって行うことになる。

振り返ると、急斜面の川筋がとても印象深く見えた。 ここからは、川のスタート地点が(霧にかすみながらも)見通せる。雨が降れば、ここは絶好の観察ポイントとなろう。

<絶好のポイント(上流方向)>
絶好のポイント(上流方向)
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm] 2010/10/10 11:18

途中、砂地に足跡を見付けた。
それは良く見ないと気付かないようなかすかな跡だったが、確かに人の足跡である。妙だな・・・。

<写真では判りにくいが左側に足跡が続く(下流方向)>
写真では判りにくいが左側に足跡が続く(下流方向)
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm] 2010/10/10 12:45

もし最近雨が降って水流が発生したならば、足跡など直ちに消滅してしまうことだろう。しかしその足跡は少しずつ砂に埋もれようとしているように見える。
ここに水流が現れるのは滅多に無いことなのか? それとも、ごく弱い水流でたまたま完全には消えなかったのか?

ふと、身体に砂が叩きつけられるような音がした。
見ると、それは砂ではなく水滴だった。強風で横から雲が当たると、その当たったところに水滴が付くのだ。
ハッとしてカメラを見ると、横に水滴が付いていた。

<雲が当たったところに水滴が着く>
雲が当たったところに水滴が着く
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm] 2010/10/10 10:41

急いでカメラをレインウェアの下に隠した。
「いよいよ雨が来るか?」
期待感を持ったのだが、いくら待っても霧つぶが当たって少々の水滴が出来る以上の変化は起こらず、ましてや浸食地形に水流が現れる様子など全く無い。

結局、我輩は川の発生を見ることを諦め、濁川のほうへ降りて川を遡上し、お釜の湖水が湧き出る場所を探すことにした。
せっかく雨を期待して訪れたのだが、雨が降る気配が全く無いのだから、これ以上待ってもムダだろう。
残念・・・。

お釜左側斜面を下り、そして濁川まで降りた。
この川の上のほうで、どこか水が湧き出ているところがあるはず。
そう思って歩き始めたらすぐに、お釜の方角から水が染み出ている地点を見付けた。そこには苔状のものが繁茂しており、水がチョロチョロと出ている。
ここなのか。

<水が染み出ているポイント>
水が染み出ているポイント
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm] 2010/10/10 12:06

それにしても、この湧き出し口に比べてお釜の水面がどうも低過ぎるようにも思える。低い位置のお釜から高い位置の染み出し口へ流れるのもおかしい・・・。
もちろん、客観的に高さの比較が出来ないので、何かの錯覚かもしれない。
結局のところ、何の確証も無い。

それ以外にも謎は幾つかある。
濁川の茶褐色の河床の由来はお釜の水のせいだと思っていたが、もしそうならば、お釜の水が合流する地点よりも上流には茶褐色の河床は見られないはず。
しかし実際は茶褐色の河床は上流にも続いている。

また、染み出し口と思われる地点でお釜湖水が出ているのであれば、なぜ苔状のものが繁茂しているのか分からない。どうしてここだけ?
お釜湖水を好む苔類があるならば、お釜側で苔が繁茂していないというのは大きな矛盾となる。

ちなみに、濁川のさらに上流は馬の背外輪山のほうへ延びており、さすがにそこまで遡ると河床の茶褐色は消え、距離的にもお釜との関連性は遠くなり、我輩は遡上を打ち切った。

あらためてお釜のほうを振り返ると、そこには潅木(背の低い樹木)が色とりどりに紅葉しているのが目に入った。
紅葉は芸術写真の代表というイメージが強くこれまで毛嫌いしていたが、こうして見ると悪くは無い。
もし天国というものがあるならば、こんな世界ではなかろうか。

<灌木の紅葉>
灌木の紅葉
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm] 2010/10/10 12:33

さて、ここまで来たら、せっかくなのでお釜水面にも行ってみることにしたい。少々疲れていたが、近道となる崖を伝って降りてみた。

ここは、お釜の三角州(デルタ)である。
来るたびに地形が変わっているように思うが、水位が変わるので、前回訪れた時には水中だった場所が岸になっていたりするのでそのように感ずる。

強風のため、湖面は波が立ってこちら側へ打ち寄せていた。
これまで穏やかな湖面しか見たことがなかったので、不思議な気がした。

<波打ち寄せる湖岸>
波打ち寄せる湖岸
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm] 2010/10/10 12:45

デルタでは、湖水に注ぎ込む五色川の様子や粘土層の確認を行った。
もし湖水の酸性度pH(水素イオン指数)を計ることが出来れば良いのだが、pH試験紙を持っていないのでそれは難しい。ちなみに、以前、デルタ付近で湖水を口に含んで味わった時には、酸味は全く感じなかった。

さて、デルタでの活動は予定外のため、特に他にやることが思い付かず、早々に引き上げた。
時間的にまだ早いのだが、ダラダラと居ても仕方あるまい。雨を待つにしても、強風の中では体力も消耗するし、クルマに戻ってしまうと、もう動く気力は失われるだろう。

いつも帰り際に立ち寄る1本の木に別れを言い、駐車場のある刈田岳のほうへ崖を登り始めた。

<1本の木に別れを言う>
1本の木に別れを言う
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm] 2010/10/10 13:14

最近は年齢のせいか、妙に足取りが重い。
・・・いや、年齢のせいではない。単に運動不足のせいであろう。江戸時代に日本全国を初めて測量した伊能忠敬など、50歳を過ぎてから測量を始め、地球1周分も歩いたというではないか。

我輩はやっとの思いで崖を登り切り、観光客が歩く外輪山の遊歩道を歩いたところ、山形県側から物凄い風が吹き付けてきた。まるで、飛行機の翼の上にいるかのよう。霧が風に乗って飛んでくる。
そして、その霧が身体に当たると「バチバチ」と音がした。見れば、無数の水滴が付着している。
もし気温が低い季節ならば、このようにして横から氷の粒が当たって蓄積し、樹氷が出来上がるのだろう。

しかし、本格的に雨が降る様子が無いことはこれまでと変わらず、諦めて駐車場まで歩きクルマに乗った。
こんな天気にも関わらず、駐車場は満車に近い状態。皆、我輩のように雨の蔵王を狙っているのか?

<満車状態の第一駐車場>
満車状態の第一駐車場
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm] 2010/10/10 14:22

車中で少しばかり休憩した後、レストハウスで豚児向けの土産を買い、駐車場を出発した。高速道路の渋滞もあるだろうから、帰るならば早めに帰路に就きたい。
道を下っていると、霧を抜けて急に陽が差してきた。下界は良い天気である。やはり、山頂を覆っていた雲は雨雲ではなかったということだろう。

<下界は良い天気>
下界は良い天気
[Panasonic LUMIX DMC-GF1/14-42mm] 2010/10/10 15:00

この時間になると他のクルマも多く、降りる際は少々時間がかかった。特に「大黒天」(山頂から300メートル下った地点)に到達するまでは、下り坂に慣れていないのか異様に遅いクルマがあり、車列が長く延びていた。
ちなみにガソリンの残り容量は約半分。
満タン状態で出発したので半分消費したことになる。そうなると、帰りで残りの半分が無くなる計算。
あまりギリギリになるとガス欠が心配なので、ふもとの遠刈田温泉まで降りた時に15リッターを追加給油した。最初は満タンにするつもりだったのだが、その給油所は単価が高かったため、給油が始まる前に取り消した。

高速道路に入った後、疲れのため「那須高原サービスエリア」で仮眠したりと何度か休憩したせいで、帰宅は2時間余計にかかり22時少し前であった。


<今回のまとめ>

撮影については120フィルム4本(48枚)、35mmフィルム1本(36枚)、そしてデジタル写真が220枚という結果だった。

レインウェアの下に隠したカメラは、やはり大柄な中判カメラの稼働率はどうしても低くなる。
また、35mm判のほうは手持ちのフィルム本数が少ないため、どうしても残数が気になり撮影が遠慮がちとなる。ただ、「OLYMPUS OM-4Ti」のマルチスポット測光は我輩のイメージどおりで、さすがと言うほか無い。
デジタル写真のほうは、コンパクトなマイクロフォーサーズなだけに取り出しもスムーズで、ムダカット覚悟で躊躇(ちゅうちょ)無く撮影出来た。ただし、帰宅後にRAW現像(調整)の手間があるのが煩わしい。

今回、浸食地形を雨水が流れる様子を観察することが出来なかったことは残念に思う。
片道5時間の距離では、なかなか降雨中を狙って訪れることは難しい。もちろんそれは最初から分っていたので、東日本全域が大雨となるタイミングを狙ったつもりだったが、それでも目的を果たせなかった。

そもそも、山の上は平地とは天気が異なることもあるので、どうがんばっても結局は運任せとなろう。梅雨の時期を狙うのが良いかも知れないが、雨雲の高度が山頂に届かねば意味が無い。
快晴を狙っていた時は、完全に雲が無い日を選べばほぼ間違い無かっただけに、雨の日狙いは一気に難易度が上がった気がする。

いっそのこと、発想を変えて雪解けの季節に行くのも一つの方法かも知れない。
以前6月に訪れた際、馬の背外輪山に残った雪が雪解けによって幾つもの川を作り、お釜デルタまで流れ込んでいた。普段川が無かったところに水流が現れたという意味では、我輩の期待に適う可能性がある。
ただ、雪解けがどのような過程で起こるか未調査で、上流部だけに雪が残った状態で水が流れてくるのか、あるいは全体的に雪が薄くなっていくのかは分らない。もし全体的に薄くなっていくのであれば、雪に隠れて浸食地形に水が流れる様子を見ることは出来まい。

今後、自分自身の好奇心を満たすためにはどのような方針を立てれば良いのか、そのことについてもう一度考え直さねばなるまい。

最後に、レインウェアは雨が降らないとその真価が分らないのだが、冷たく強い風を防いでくれたことは実感した。また、汗で蒸れるようなことも無く、そういう点での不快さは無かった。
これに手袋があれば、また快適さが向上したことだろう。
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イラスト提供:シェト・プロダクション