2000/04/05
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表紙

1.主旨と説明
2.用語集
3.基本操作法
4.我輩所有機
5.カメラ雑文
6.写真置き場
7.テーマ別写真
8.リンク
9.掲示板
10.アンケート
11.その他企画

12.カタログ Nikon
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カメラ雑文

[444] 2003年09月21日(日)
「蔵王のお釜(1)」


子供の頃、図鑑に載っていた「蔵王のお釜」の写真を見て、いつかこの場所に行ってみたいと思った。
ポッカリと大口を開けた火口に緑色の水が溜まっているその姿。キレイと言うよりも、不気味であった。その不気味さに子供心が惹かれた。

非日常的な風景は、スケール感さえも失わせ、それがどれくらいの大きさであるのかも分からない。まるでジオラマで造られた風景のようにも見える。
(この図鑑に掲載された多くの写真は、雑文108でも書いたようにスケール感を失わせるほど非常に鮮明な写真が多い。)

我輩は図鑑を観るたびに、本当にそういうものがあるのかということを自分の目で確かめたい気持ちに駆られた。

だが、蔵王というのは東北地方であるから、九州に住んでいた頃は実際に行く具体的計画は全く無かった。ただ漠然と「行けたら良いなあ。」という気持ちがあっただけである。


さて、関東地方で暮らすようになってから、我輩は時々、具体的に蔵王へ行くことを考え始めた。
しかし、問題は交通の便である。
山形駅までは新幹線で行けるものの、蔵王のお釜までは自動車でなければ辿り着けない。バスが運行されてはいるが、行き帰り共、各2便しか無い。しかも、行きで最初の便に乗り遅れると、次の便で行ってもすぐに最終便で帰って来なければならない運行ダイヤが組まれている。

下り 上り
山形駅前 9:20 12:50 刈田駐車場(お釜) 12:30 15:30
表蔵王口 9:35 13:05 ライザワールド前 12:46 15:46
蔵王温泉ターミナル 10:00 13:30 蔵王温泉ターミナル 13:20 16:20
ライザワールド前 10:30 14:00 表蔵王口 13:37 16:37
刈田駐車場(お釜) 10:46 14:16 山形駅前 13:54 16:54
(4/26〜11/4運行 山交バス)

それでも、Web上で蔵王のお釜の粗い映像を採集していると、どうしても自分で鮮明な写真を採集したくなってきた。
そこで、9月の3連休に入る頃合いを見計らって蔵王への一人旅を決行することにした。
一人旅である理由は、天気の具合によってタイミング良く出発日を決めたり、撮影場所で数時間粘ることが予想されるからだ。必要があれば、山歩きもあるだろう。こんなところにヘナチョコ妻も一緒に連れて来れば、撮影という第一目的を果たすことが難しくなる。


●事前準備

撮影の計画としては、とにかく、蔵王のお釜さえ撮影出来れば良い。他の観光スポットなど全く眼中には無い。
一人行動ということもあり、宿を取らず日帰りとする。ビジネスホテルならまだしも、蔵王温泉などの観光地で一人で泊まることも出来まい。
時間的には、朝5時頃に家を出て上野発06時34分の山形新幹線つばさ101号に乗ることが出来れば、山形駅前発の刈田駐車場(お釜)行きバス第一便に間に合う。山形駅に着いてバスに乗るまで8分の猶予があるので十分と思われる。

さて、何度も気軽に行ける地ではないため、事前の綿密な計算が必要となろう。
現地では限定された位置での撮影となるはず。そうなれば、撮影距離は固定される。誤ったレンズ選択をすれば取り返しがつかない。柵が設置されているため、遠ざかることは出来ても近付くことは出来ないのだ。

撮影を事前にシミュレートするため、先日導入したソフト「カシミール3D」で撮影することにした。
想定される幾つかの撮影ポイントで、レンズの焦点距離や撮影時間を設定し撮影シミュレーションした。

  刈田岳山頂より望む 熊野岳避難小屋付近より望む
24mm
(35mm判)
40mm
(35mm判)
50mm
(35mm判)

その結果、軽量なNew MAMIYA-6の交換レンズ50mm、75mmがあれば事足りるという確証を得た。
ならば、軽量ついでに150mm望遠レンズも持って行こうか。久々にNew MAMIYA-6のフルセットである。

それから、メモ用途として35mmカメラも持って行く。始めての場所であるから、旅路の様子などをこまめに記録したい。35mm判ならば、ある程度のクオリティを保ちながらその用途に耐える。もし中判で撮ろうとすれば、フィルムがいくらあっても足らないだろう。
今回はお手軽とはいえ山で撮影するのであるから、35mmカメラは片手で撮影出来るAFカメラしか選択肢は無い(両手がふさがると困る)。特に、グリップ感の最高なEOS630以外に考えられない。


●当日(9月14日)

朝4時半、目覚まし時計が鳴った。
急いで着替え、朝食のコーンフレークを食べた。
財布を見ると3万円と十分ではあったが、少し心配になり、寝かせておくつもりだったヘナチョコ妻を起こし1万円を借りた。

この日は朝から晴れており、日中は暑くなりそうな予感。だが山に登ると寒くなるに違いない。長袖のシャツを着て腕をまくった。寒くなれば袖を戻せば良い。

家を出たのは予定通り5時過ぎ。
上野駅まで出て、みどりの窓口にて上野−山形間の往復自由席切符を購入。19,920円払った。
急いでホームへ行くと、禁煙自由席のほうには5人ほど並んでいた。これなら自由席でも座れるに違いない。
ところが、いざ列車が到着してみると、東京駅から乗り込んだ客が意外に多く、我輩などは座れるかどうかギリギリのところであったが、何とか座ることが出来た。

列車は順調に進むかに見えたが、福島駅の直前の郡山駅(こおりやまえき)で止まってしまった。というのも、福島駅に停車中のつばさ号が車両故障のため、後続の列車がそれ以上先に進めないとのこと。
事前に時刻表を検討して計画を立てているのだが、ここで遅れれば、1日2本しか無いバスに乗り遅れてしまう。数分の遅れでもかなり危ない。

結局、遅れは1時間10分と致命的で、残されたバスは3時間後(新幹線の遅れにより3時間のうち1時間は既に過ぎているが)の最終便12時50分発しか残っていない。なんてことだ、これだから田舎はイヤなんだ。

山交(やまこう)バスの案内所に入り、他の経路で蔵王のお釜に行く方法を訊ねた。だが、やはり2時間待ちをする以外に無いらしい。
我輩はそこでバスの2000円回数券を買い(600円の得となる)、外に出て山形駅周辺を散歩して2時間潰した。しかし山形駅は何も無いところで、本当に時間のムダとしか良いようが無い。九州や山陰も田舎だとは思っていたが、東北ほど徹底している田舎も無いと痛感した。早く撮影を済ませて早く帰りたい。

12時50分、やっとバスが来てそれに乗り込んだ。
乗客は我輩を含めて6人。
途中の蔵王温泉やライザワールドから数人乗り込んだが、それでもかなり少人数でバスはガラ空き状態。このような状態が毎日ならば、そのうち平尾台のようにバス路線廃止になるのではと心配した。

バスは、蛇行する道(エコーライン)をゆっくりと着実に上って行く。気圧が下がるためか耳がツンと痛くなる。時々唾を飲み込み解消した。

GPSの情報を見ると、高度が1000mに近付いている。ふと、GPSのストラップに付けていた小さいコンパス(方位磁石)に目を移すと、オイルに気泡が浮いていた。メインのコンパスも取り出してみたが、それも大きな気泡が現れていた。気圧が下がったことを実感する。
(コンパスにはオイル式とドライ式があり、オイル式は磁針の揺れを抑えるためにオイルが満たされている。)



バスの終点は「刈田駐車場」。お釜までにはまだもう少し登らねばならぬ。ここから歩いて行くか、あるいはリフトに乗って行くか。
時間が無いので一気に駆け上がろうかとも思ったが、やはり登り道ではリフトのほうが早いだろう。

バスが、終点に着くと、もう時間は14時20分にもなっていた。
降りる時にバスの運転手が、バスの最終便は15時30分だと告げた。1時間10分しか時間が無い。
我輩は1630円払ってバスを降り、走ってリフト乗り場に行ってリフト券を買い求めた。往復のほうが安いので、この際、帰りもリフトにすることにした。


リフトに乗ると、強風が当たって寒くなってきた。まくり上げた袖を伸ばし、リフトの支柱にしっかり掴まった。途中、リフトに乗った客を撮影している係員がおり、「こちらを見て笑って下さーい。」と言っていた。我輩は別に自分の写真を欲しているわけではないので、カメラを構える係員を逆に撮影してやった。


リフトの途中で、県境があるのか看板が立っていた。
"ここから山形県"
おかしい。山形県側からリフトに乗り、宮城県にあるお釜に行こうとしているのに、なぜ"ここから山形県"になるんだ?
そこを通り過ぎたあと振り返ると、裏面は"ここから宮城県"と書いてあった。
お釜が宮城県であることを認めない者のゲリラ的犯行であろうか。


気が急いていたためか、リフトのスピードは思ったよりも遅く感じられ、焦った我輩は到着してすぐに走り出した。
そこはまだお釜が見えぬ場所。道なりに走って行く。足下には大小の石が転がっており危ないが構っていられない。時間が無い。時計を見ると、もう14時30分であった。

しばらく走ると、お釜の上部が見えてきた。あと少し。
だんだんと下り坂になってきた。岩がゴロゴロしている場所で、我輩はカモシカの如く走り抜けた。少しでも岩を見誤れば転倒する。だが、走るしかない。

柵のある場所まで来ると、お釜の全容があらわとなった。
その大きさとスケール感に感動した。図鑑に載っていたお釜のスケール感を、実際に目で見て修正した。
だが、感動している時間は無い。急いで三脚をセットし、New MAMIYA-6を取り付けた。強風で三脚が倒れそうになるが、何とか持ちこたえる。

それにしても雲がかかって発色が良くない。
ミノルタフラッシュメーターでマルチスポット測光し、その値から何枚か段階露出をする。
少し待っていると、雲が少し晴れる。だがまたすぐに雲が陰る。上空を見ると、雲がもの凄い勢いで走って行くのが見えた。
雲はすぐ近くにあるため、時々山自体が雲に覆われてしまう。
じっと待っていると時間が無駄に過ぎるのだが仕方無い。

とりあえず1つの場所での撮影は済んだ。
今度はもっと引いて全体を撮ろうと思い、カメラを乗せたまま三脚の脚を閉じ、それを肩に担いで更に走った。
地面はまるで火星の表面のよう。冷たい強風のために息が詰まる。

刈田山頂まであと少しの場所まで来た。だが、戻り時間を考えるともう限界の距離だと思い、三脚を開いて撮影準備に入った。
雲が相変わらず頭上をすっ飛んで行く。一瞬陽が照りお釜を明るくするのだが、数秒経つともう消える。しかもお釜全体が陽に当たることは無い。
それでも粘り強くタイミングを待ち、一瞬のチャンスにシャッターを切った。

ところが、フィルム交換で思わぬ誤算が出た。
New MAMIYA-6はフィルム交換時にフィルムスプールを抜く際、カメラ底面から軸が飛び出る仕様になっている。ところが三脚にセットしてあると、軸が出られないためにフィルム交換出来なくなる。
そのため、フィルム交換するたびに三脚ネジを緩めてカメラを少し浮かさねばならなかった。この面倒な作業のため、良いシーンの幾つかを逃した。

我輩の周りには、普通の観光客がおり、それぞれ記念撮影していた。見ている限り、ずっとその場に留まり雲が切れるまで辛抱強く待ち続ける者はあまり居ないようだ。
それに対し我輩は、三脚を構え大きなカメラで長い間撮影している。浮いた存在として見えたことだろう。

時計を見ると、いつの間にか15時15分であった。バスの最終便まであと15分。
「くそっ、あと5分したら引き返そう。」
その間、雲の切れ間に差し込む陽を待った。

15時20分。
「もうさすがに行かねばマズイ。」
我輩は三脚の脚を閉じ、それを担いで再び走った。自分でも危ないなとは思ったが、最終バスが出ると帰れなくなるのだ。
やけに道のりが長く感ずる。下り坂を降り、そしてまた長い坂を上る。息が切れて口の中が苦い。空気を吸い込もうとするが、強風で思うように息が出来ない。冷たい風に、涙と鼻水が出てくる。ゼイゼイ言いながらも気が焦る。
しかしついに、カモシカのように石を飛んでいた脚もだんだん重くなり、スピードが落ちてきた。

ふと三脚のことに気付いた。
カメラをセットした三脚をそのまま担いでいるのだが、リフトに乗るにはそれが邪魔になる。
急いでカメラを外し、三脚の脚を畳み始めた。走りながらやるのは大変だった。

リフト乗り場に辿り着くと、7人くらいの列があった。マズイな、これは計算外・・・。
ここで順番を待つ時間は、非常に長く感じられた。そしてやっと順番が回ってきたものの、リフトが遅くて話にならない。さっき乗った時はこんなに遅かったか?

時計を見ると、15時25分。
正直言って、帰りは歩いたほうが早いと思った。しかし今さらどうにもならない。
前方に、ゆっくりと駐車場が見えてきた。そこにはバスが止まっているのが見える。あれが発車してしまえばジ・エンド。


15時29分。
あと少しでリフト下駅に着く。「もう少し待っていてくれ」と心の中で叫んだ。バスはもう目の前。
しかし、最終便バスであるから、少しは待っていてくれるのではないかという希望は捨てなかった。我輩は悪運が強いはず・・・、あっと!バスが出て行く!
バスは駐車場をキッチリ15時30分に出て視界から消えてしまった。
・・・ジ・エンド。

リフトから降り、急いで駐車場に行ってみた。そこにはバスのいない停留所。「ならばタクシーか」と思ったが、いくら見渡してもタクシーも無い。
駐車場にある売店の中に入り電話を探したが無い。仕方無く外へ出て駐車場を彷徨(さまよ)った。どうすればいいんだ?
他の観光客は、皆楽しそうにマイカーに乗って帰っている。我輩は孤独の中にいた。

リフト乗り場に戻れば、そこに電話があるかも知れない。
急いで戻り、見渡した。しかしそこにも公衆電話は無かった。なんという場所だ、ここは・・・。
我輩は、リフト券売場のオバチャンに、タクシーを呼んでもらえないかと頼んでみた。オバチャンは「バスに乗り遅れちゃったの?」と驚き、タクシーの手配をしてくれた。助かった・・・。
タクシーは40分くらいで来ると言う。我輩は、リフト乗り場の休憩所で待った。

その間、色々な人が我輩の座っている前を横切った。子供・・・いや、乳児を連れている者もいた。抱きかかえてリフトに乗るらしい。
しばらくすると、財布を落としたという者が現れ、リフトの係員に相談していた。子供を連れていた。「財布が見付からないと一文無しだよ」と嘆いていた。横浜から来たようだった。
係員のオイチャンは、警察に遺失物の届けを出したほうが良いとアドバイスしたが、宮城県か山形県かどちらの警察に行けば良いかと訊かれて少し困っていた。
「リフトの下で落としていれば山形県、リフトの上だったら宮城県・・・。」

16時25分、タクシーがやってきた。
我輩はリフト券売場のオバチャンに礼を言い、その場を後にした。

とりあえず、バスの便がまだあるであろう「蔵王温泉」のバス乗り場まで行けば良い。さすがに山形駅まで行くと金が掛かりすぎる。
タクシーの中では運転手は何もしゃべらなかった。我輩もしゃべらなかった。
ずっと無言でタクシーは山を下りて行く。
我輩は考え事をしていた。「事前に計画していた撮影ポイントなど全く考慮するヒマが無かったな・・・。これは、もう完全なる失敗だ。」

蔵王温泉到着は17時ちょうど。
5千円くらいかかるだろうと思っていたが、8千円もかかってしまった。事前にヘナチョコ妻から金を借りておいて良かった。本来の手持ち金ではギリギリだったろう。
ヘナチョコへの感謝の意味を込め、蔵王温泉の閉店間際の土産物店で餅と絵ハガキを買った。


山形駅行きのバスは、17時40分発であった。
バスの待合室でしばらく待った。そこには蔵王マップなど色々な情報があったので、それを35mmカメラで撮影して過ごした。
バスが到着しそれに乗り込み、山形駅まで出た。時間は18時20分。もうすっかり暗くなっていた。
18時35分発つばさ126号で上野まで帰ろう。しかし、ホームに出ると自由席待ちの列が長く、これでは恐らく座れまい。案の定、列車が来ても座れなかった。帰りは指定席にすべきだったか。まあ3時間程度であるから、何とかなろう。そう思ったら、次の停車駅で席が空き、座ることが出来た。

座ったあと、また考え事をした。
もう二度と行きたくない蔵王ではあるが、中途半端に終わらせることは出来るはずもない。やはり、再度行かねばならないのか。
次回行くとすれば、今度こそ二度と行かなくても済むように、自分の納得する写真を撮るようにしたい。
そう考えていると、疲れていた身体に再びエネルギーのようなものが湧いてくるのを感じた。
いつかきっと、我輩は戻って来る。

"I'LL BE BACK"