2000/04/05
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表紙

1.主旨と説明
2.用語集
3.基本操作法
4.我輩所有機
5.カメラ雑文
6.写真置き場
7.テーマ別写真
8.リンク
9.掲示板
10.アンケート
11.その他企画

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カメラ雑文

[445] 2003年09月25日(木)
「蔵王のお釜(2)」


バイキング探査船が捉えた火星の人面岩の写真。その後のマーズパスファインダの調査では、それは単なる陰のイタズラだと結論付けられたが・・・。
今年、火星が地球に大接近した。
あるUFO研究者によれば、火星大接近の年にはUFO目撃が激増すると言う。まさかとは思うが、今年の大接近は5万7000年ぶりの超大接近であるから、それに比例してUFO目撃が増えるか・・・?

まあ、UFOが見える見えないというのは、一瞬の現象であるが故に証明の方法が無い。
ところが火星表面にあると言われる人工構造物(例えば人面岩)には少し興味を引かれる。なぜならば、「行けばそこにある」のだ。UFO目撃のように、後日行ってももう遅いというものでもない。いつかその場所に到達出来れば、必ずそれを目の前に見ることが出来る。

結局のところ、それが自然地形であろうが人工構造物であろうがどちらでも良い。いつかその場所に到達し証明出来るという希望があるからこそ、夢があると言える。
「いつかそこに行ってやるぞ」と。


●写真調査

ところで、先日蔵王に行ったということを雑文444にて書いた。
現像した写真をルーペで丹念に舐め回し、その場にいて肉眼では見えなかったようなものをジックリと見ていった。特にあの時は、時間に追われていたため、肉眼で確認出来るようなものでも目に入らなかったというのが正直なところ。

その中で、幾つか不思議な地形があることを認識した。
それらの1つ、お釜のフチの部分に何かがチョコンとあるのが気になる。単なる岩だとは思うが、なぜそこに1つだけあるのだろう。どんな岩だろうか?どんな大きさだろうか?
遠くからしか見ることの出来ない地形なだけに、妙に想像が膨らんで仕方が無い。


ここに何かある・・・。

拡大画像。何だこれは?

我輩の想像図。異星人による惑星探査装置(プローブ)と思われる。

そんな時、Web上で色々と検索していると、お釜のほうまで近付いた登山家のレポートが幾つか見付かった。
「下まで降りられるのか?! お釜のそばまで行けるのか?!」
前回メモ撮影として35mmカメラで撮ったポジをあらためて見てみた。蔵王温泉バスターミナルで、蔵王マップを写していた。そこには蔵王連峰の登山ルートが赤線で記されていたが、確かにお釜に降りるルートも記されているのを確認した。


赤線で示された登山道がお釜の近くまで引かれている。

よし、今度はここに降りてみよう。
我輩は決心した。
決心すれば、それを遂行するための手段を探すことに集中するのみ。Web上から得られた情報は断片的なものであったが、「お釜のほうへ降りることが出来た」という最終事実はどれも共通している。想像力を働かせ、断片情報を事実まで結び付けたい。

まず、お釜の写真を見て、どこから降りられるかを検討した。
蔵王マップによれば、位置的に「ロバの耳岩」あたりと刈田岳あたりから降りられるようなのだが、写真を見れば見るほど、断崖絶壁に囲まれたお釜に降りられるとはとても思えなくなる。
それにしても、地図上では「ロバの耳岩」から先は通行禁止となっているが・・・大丈夫なのか?


お釜の周りは崖に囲まれている。

断片情報によれば、柵を乗り越え、観光客のギャラリーを背にして降りて行ったとのこと。ということは、少なくとも柵のある場所ということか。
いずれにせよ、通常の装備では降りられそうにないのは確実。
どこから降りるか、その場所はピンポイントでは特定出来ないが、大体の場所は分かった。あとは現地でその近辺から降りられそうな所を見付けるしか無い。
とりあえず、装備を揃えねばならぬ。


●事前準備

まず最初に、トレッキングシューズとザックの入手を考えた。
アウトドア系の営業B氏に相談し、幾つかの前知識を得た。それにより大体の予算を立て、上野-御徒町近辺で探すことにした。
我輩は現在、ナイキ関連の仕事をやっていることもあり、トレッキングシューズならばナイキのACGかと考えた。だが、店頭にあるものの中では我輩の探しているものは無かった。
火星の表面に似る岩石の地面を歩くのであるから、靴底(アウトソール)は硬めで強いものが良い。溝も深く、斜面でもグリップが効くような形状を選びたい。
その結果、ホーキンズのものを選んだ。4,700円也。

さて、ザックはどうしようか。
B氏によれば、カメラを考慮するならばカメラ用のものを買ったほうがショック吸収などの処理について良いとのこと。その助言を受け、ヨドバシカメラで18リットルのものを購入。妥協せず選んだため15,000円ほどかかった。

次に手袋を考えたが、これは軍手で良かろう。これは自宅にある。
寒さと雨避けにコンパクトジャケットを購入しようと思ったが、売っている店が見付からずWeb上で購入。銀行振込で2,480円。

靴は足に馴染まないと困るため、何度か履いて近所を散歩した。
ズボンは裾が長いと荒れ地を擦るだろうと考え、3cmほど裾上げもした。丁寧にやっても仕方無いので適当にやった。
また、少しでもスタミナを付けるため、通勤時には重いカバンを持った手を真っ直ぐ下ろさず少し持ち上げたまま大股で歩いた。気休め程度であるが、自信を付けるという意味ならば無駄なことではない。

さて、今度はいつ行くべきか?
天気予報をチェックすると、どうやら台風が近付いて来ているとのこと。さらに、日本列島全体に被るように前線が張り付いている。
今週は無理か?
しかし、Web上の天気予報を1日に何度も見ていると、どうも台風が過ぎた後に晴れそうな様子。ちょうど春分の日(9月23日)に晴れそうだ。
我輩は「Yahoo」、「infoseek」、「Mapion」の天気予報をチェックしていた。また、蔵王のお釜は山形県と宮城県の県境に近いため、両県の予報もチェックが必要。
「Yahoo」と「infoseek」は楽観的な見方をしていた。しかし「Mapion」は頑なに"雨"の予報を続けている。
我輩はいつにすべきかを悩んだが、ともかく9月22日(月)に休暇を取り、9月20〜23まで4連休として万全の体制を取ることにした。

そのうち、「Mapion」の天気予報も9月23日は全面的に晴れの予報を出した。他が"晴のち曇"の予報であるのに、全面的に"晴"というのもウソくさい。
だがしばらく経つと、「Mapion」も午後から曇るという表示に変わった。
それを受け、決行は9月23日とした。前日に天気予報の最終確認を行い、翌日早朝出発する。

さて経路についてであるが、今回は山形は避けたい。
Web情報によれば、山形側からではなく宮城側からのほうがバスの本数があるとのこと。調べてみると、上り5本、下り4本もある。東北新幹線「白石蔵王駅」から乗る宮城交通のバスである。
ただし最初の便は乗り換えが必要であるが、特に問題は無かろう。

下り
白石蔵王駅 8:42 9:40 10:49 12:40
白石駅前 8:50 9:48 10:57 12:48
遠刈田温泉 9:31 9:40 10:29 11:38 13:29
蔵王刈田山頂(お釜) 10:30 11:19 12:28 14:19
(4/26〜11/3運行 宮城交通)


上り
蔵王刈田山頂(お釜) 12:03 13:40 14:30 15:20
刈田駐車場前 12:11 13:48 14:38 15:28
遠刈田温泉 12:58 14:35 15:25 16:15
白石駅前 13:39 15:16 16:56
白石蔵王駅 13:45 15:22 17:02
(4/26〜11/3運行 宮城交通)


●当日(9月23日)

当日は完璧に晴れた。
朝4時に起床し、前日までに用意した全ての荷物をチェックした。 カメラは「ブロニカSQ-Ai」を持って行く。レンズは40mm広角と35mm魚眼。さらに自作魚眼カメラも入れた。35mmカメラは前回同様「Canon EOS630」。
当然ながら、電池の換えは持って行く。絶対に動いてもらわねば困る。
フィルムは奮発して「Kodak E100G」を10本。予備として「EPP」も入れておいた。

しかし心配事は、Webで注文したコンパクトジャケットが間に合わなかったことだ。銀行振込ではなく代金引換にしたほうが良かったかも知れない。
冷え込むことが予想されるため、下に少し着込んだ。これで足りるか・・・?

5時前に家を出たが、空にはまだ星が出ていた。
コンビニエンスストアへ寄り、サンドイッチを買ってザックにくくりつけた。これが昼食の予定。
上野駅まで順調に移動。さて、問題は新幹線か。
前回は新幹線の遅延があった。出だしから歯車が狂ってしまったわけだが、さて今回は?

みどりの窓口で往復切符を購入。今回は指定席を取った。往復19,720円。翌日は出勤日(その日は業務の都合上休めない)であるため、席取りの心配を無くし疲労を少しでも無くそうと考えた。もっとも、全てがスケジュールに乗ればの話だが・・・。

新幹線は2階建てのE4系で、前回の山形新幹線400系とは全く乗り心地が違う。もう山形新幹線など乗らぬ。
空は見事に晴れており、景色の良い2階のからの車窓は最高だった。そしてそのままウトウトした。
ふと気付くと、空は一面ネズミ色。こ・・・これは?
よく見ると、ビルなどの建物の上部が雲に隠れている。どうやらこれは雲ではなく霧のようだ。しばらく経つと霧を抜けたようで、元の快晴に戻った。

快晴のまま「白石蔵王駅」まで到着。
バスの乗り場はすぐに分かり、発車待ちをしているバスに乗り込んだ。ここから乗った客は我輩ともう1人中年の女性のみ。
10分後、バスは発車。途中で乗客は何度か入れ替わり、終点「遠刈田温泉(とおがったおんせん)」に着いた。ここまで980円。
そこはバスのターミナルのようで、すぐに「蔵王刈田山頂行き」バスが来た。

バスは発車し、途中で団体のオバチャン客を拾い、ほぼ半分の席に乗客が埋まった。蛇行する道に沿ってバスはどんどん上を上って行く。
途中、運転手が滝の見える場所でバスを止め、「ここから〜が見えます。今日は天気が良いので〜も見えますね。」と解説した。オバチャン客などは「えっ、どこどこ?」と窓を見る。反対側の客も立ち上がる。我輩も立ち上がる。
まあ、バスのことだから、そういう時間も見込んだダイヤを組んでいるだろう。景色には興味無かったが、「いいから早く発車しろ」などとも思わなかった。ほのぼのとした雰囲気がなかなか良い。


バスの左手に皆の視線が集まる。

10時30分、バスは定刻通り刈田山山頂に到着した。遠刈田温泉から800円である。帰りのバスの最終は15:20であるから、5時間弱あることになる。今回は余裕だな。
運転手は降りる時に言った。
「昨日はほとんど真っ白で何も見えませんでしたが、今日はこんなに快晴で、みなさん日頃の行いが良いようですねー。」
確かに素晴らしい快晴で、雲の形も絵になる。

我輩は、はやる気持ちを抑えながら準備をした。 トレッキングシューズの紐をきつく締め直し、ザックの全てのフックを固定し、軍手をはめた。
「よし、行くぞ。」
拳で掌を打ち、軍手を伸ばすと同時に気合いを入れた。

まず、お釜の左側からアプローチ。
素晴らしい眺め。やはりこの景色は快晴でなければならぬ。晴れているからこそ、湖が暗く不気味に見える。前回のような曇り空では、この不気味さはとても表現出来ない。
我輩は三脚をセットし、構図を決めて5枚続けてシャッターを切った。段階露光である。ここまで来て失敗は許されぬ。「絶対にこの露出値は違うぞ」というところまで段階を切った。これで露出がハズレていようものなら、もはや処置無し。



さて、地図ではこの近くに下に降りる登山道があるとのことだった。それはどこか。
少し探してみたが良く分からない。仕方無い、反対側の「ロバの耳岩」あたりで探してみるか。

今回は時間があるとは言うものの、快晴が続くのは午前中までらしいので、とにかく三方からの写真を撮っておこうと思う。
中間の「馬の背」から正面の写真を撮る。最初は雲に阻まれたが、20分ほど粘ると回復し快晴となった。
この時点で11:00。

次の熊野岳からの眺めは、やはり太陽が雲に隠れて色が冴えない。せっかくここまで登ったのだからと少し粘ったが、無駄な"待ち"が増えると時間がいくらあっても足りない。後回しにしてとりあえず下に降りる道を探そう。
「ロバの耳岩」の方角へ進むが、行く手には立ち入り禁止の立看があった。落石危険ということらしい。


このような立看が2つ設置されていた。

困ったが、「ロバの耳岩」まで行かなくとも途中で下に降りる道があるはず。そこまで行けば良いのだから、敢えて立看を通過し歩いた。
右手には断崖絶壁。しかし前方は広いなだらかな斜面。高所恐怖症の我輩は、断崖絶壁から50メートルほど距離をあけて下った。しかし、やはり道が分からない。どう考えても断崖絶壁を下らねば下に降りられそうにない。道がここから見えないだけだとしても、この高低差は肝を冷やすほど。ここから行くのは無理だ。


右手は目もくらむような高さの断崖絶壁。

仕方が無いので、とりあえずこの場所で止まり、昼食を摂った。
一瞬、晴れ間が広がったので、この角度からのお釜を写真に収める。湖面の波がキラキラと美しい。
この時点で12:30。

食事後、再び近辺を見て回ったが、とにかく断崖絶壁が高過ぎてめまいがする。お釜の角度もあまり良くないので、もう引き返すことにしよう。
残念だが、今回はお釜のほうまで降りることは出来なかった・・・残念。

下まで降りないとなると時間はまだあるので、少し戻って良い角度の写真を撮ることにした。
ここからは熊野岳からの緩やかな下り坂となる。しかし岩石だらけなので、足を取られて滑落せぬよう注意して降りた。地面に食い込んだ岩ではなく浮石に足を掛けてしまうと危ない。

何とか無事に平坦な場所まで到達し、撮影準備をした。
しかし雲が多くなり、自分のいる場所そのものが雲の中に入って数メートル先さえ見えないほど真っ白になった。
辛抱強く待っていれば晴れるだろうと思っていたが、なぜか晴れてくれない。
午後から曇・・・。天気予報の文字が浮かぶ。

雲というのは冷たいもので、前回より弱いとは言えそれでも強風と言える風が吹き付ける。そんな状況では身体が冷え切り、鼻水も止まらなくなった。
「くそ、コンパクトジャケットさえ届いていれば・・・。(自分のせいだが)」
あまりの寒さに、窪みに待避して風をしのいだ。

13:30、もう我慢の限界。
寒さは身体の芯まで到達した。周りを見渡しても真っ白な壁しか見えない。さっきまで聞こえていた人の声も全く聞こえない。恐らく皆、下のほうに降りていったのだろう。
我輩はガタガタ震えながら刈田岳のほうに降りて行った。

この登山道は、道に一定間隔でポールが立っているので道に迷うことが無いのが有り難い。
誰もいないので歌でも歌おうかと思ったが、それでもたまに登山者が白い壁の中から現れてすれ違うのでやめておいた。


周囲を白い壁に囲まれているようだ。

最初の撮影地点まで戻って来た。そこには誰もいない。
柵の向こうにはお釜が見えるはずだったが、白い壁が邪魔をして全く見えない。やはり今日はもう打ち止めのようだな。
しかしそれにしても、どこから下ればお釜に到達出来るのだろう?それが気になる。確かに、道と言われればそう見えなくもないものがあるのだが、その先は勾配が急になっているらしく地平線となっている。地平線の先がどうなっているかは、柵を越えてそこまで行かねば分からない。
我輩は、諦めて引き返した。こんなガスの中では視界が利かず何も見えぬ。無駄だ。

帰り道、親子二人連れがすれ違った。
「あー、全然見えないねー、真っ白だ!」
残念だったな、もう帰るしか無いぞ。
「あ、だんだん晴れてきた!わー、凄い凄い!あれがお釜だ!」
なにっ?

振り返ると、そこにお釜の姿があった。曇り空ながらも、視界を妨げるような雲はみるみる払われた。
「ウーム、柵を越えてちょっと見に行ってみるか? 見に行ってダメならすぐ戻れば良い。」
気付くと、刈田岳のほうから観光客がどんどんこちらに近付いてくるのが見える。
「マズイな、やるなら早くやらんと行きづらくなるぞ、どうする?」
心臓の鼓動が早くなるのを感ずる。

時計を見た。13:50。
ほとんど衝動的に柵を越えた。そして後ろを見ないように前へ進んだ。
慎重に降りて行き、柵の所から見えていた限界点まで来た。予想通り急な坂になっていたが、その先は再び緩くなっていた。だが最後まで行けるかはここからでは分からない。
少なくとも、そこから見える場所には降りられそうだと思った。先程、熊野岳斜面を降りた時のことが甦り、可能・不可能の判断に役立った。

それにしても下り坂は神経を使う。岩石だらけでまるで火星表面のよう。
浮石を見極めながら足を運ぶ。小刻みに慎重に歩く。
ふと上を見ると、観光客数人がこちらを見ているようだった。しかし十分に離れているので、その表情までは分からない。

そのうち視界が開けてきて、お釜の横顔が見えてきた。
もの凄いスケール感が我輩を圧迫する。
「こ、こんなにデカかったのか・・・。」
そこでハッと思い出し、EOS630を取り出してシャッターを切った。来た道も撮影した。設定はAF・プログラムAEで+0.5の補正を入れてある。

所々に、宮城県マークの入った水準点のような指標が埋まっている。そして、風化したようなコンクリートの道のような形跡も認められた。


下りてきた方向を振り返って見たところ。

この状況を写真で見ると、両側はそれほど急な勾配ではないように見える。だが、この下に垂直な崖があるとしたら、緊張の度合いは一変するだろう。

目を凝らし、どこからか降りられそうな所を探した。
斜面に巨大な岩が食い込んでいる地点があった。そこを目指して降りようか。多少滑ったとしても、岩に飛び付けば転落は免れよう。
ソロソロと降りて行くと、地面には靴とスティックの痕があった。やはりここは人が通っている。
そう思うと、勇気が湧いてきた。

幾つの崖を降りたろうか。
神経を使って足下ばかり見ながら降りるのは疲れるが、ふと気付くと、もうずいぶん降りてきたことが分かった。
いつの間にか土の色が赤から白へ変わっていた。ここまで来れば、もう楽勝。
「やった!ついにやった!」
嬉しさに拳を下から突き上げた。誰もいないので何度かやった。

諦めかけていた光景が、今、想像を越えたスケールで目の前に迫っている。
前回上から撮った写真に写っていたお釜壁面の白いスジは、実際にそこへ行ってみると巨大な溝で、それを一つ越えるのも大変だ。凄過ぎる。

時計を見ると、14:20。
あと1時間でバスの発車時間か。
前回のこともあり、少し焦ってきた。

途中、沢に出た。
時間が無いので帰りに撮ろうと素通りした。とにかく、お釜に接近するのだ。
不思議なことに、白い地面はふわふわした感触で、まるで絨毯の上を歩いているようだ。なんだ、ここは?

ここは風が無く、音も全く聞こえない。シーンとして別世界にいるようだ。
それにしても、上から見た小さな地形が、目の前では大きく迫ってくる。そのスケールは、頭の中の世界を書き換えるほど。
子供の頃に図鑑を見た時のスケール感、前回上から見下ろしたスケール感、そして今目の前で見たスケール感。
どんどんダイナミックになる感覚。
これはもう、実際に下まで降りた者にしか絶対に解らないだろう。

天に向かって神仏に感謝し、同時にこの先の安全を願った。
子供の頃からの夢の1つが今、叶いつつある。
今死んでも良いとまでは言わないが、死ぬまでにやるべきことの1つをクリアしたような気分だ。
しかしそれにしても空が白いな・・・。


とにかく時間が無いので、感動もそこそこに、例の惑星探査装置の所に急いだ。
その正体は、以下の写真である。


残念ながら、それは惑星探査装置ではなかった。しかし、十分な調査をする時間が無かったため、岩石に偽装している可能性も捨てきれない。
ちなみに、賽の河原の如く石を積み重ねた光景はこの一帯ではよく目にする。山ではこういう風景は一般的なのか?

さて次なる目標は、湖面に到達することである。
そこまで降りるのも苦労したが、何とか降りることが出来た。
ここでは、セルフタイマーで記念写真を撮る予定。
上空を見ると、雲がすぐそこまで降りてきている。湖面からは湯気が少し昇っていた。気温低下のためと思われる。水に触ってみたが、これといった特徴は感じられなかった。前日に降った雨で上層部は薄まっているのだろうか。

急いで三脚を開き、セルフタイマーで自分を撮った。
上を見ると雲が立ちこめており、ギャラリーの姿は全く見えない。見えたとしても、米ツブのような人物が何をしているかなど分かるはずも無い。

時間は14:30。そろそろ引き返さねば。
今度は一転して登り坂。下る時よりも登るほうが簡単かと思ったが、しかし体力が要る。神経を使わないのだが、とにかく息が切れる。
1600メートルくらいの高度でも、空気の薄さが影響しているのか?
下る時よりも時間が掛かっているため、少し焦り始めた。
後回しにした撮影を少し撮影したが、フィルム交換など意外と時間が掛かり(軍手を外せば良かったが)、気が付けば14:50。
そろそろヤバイな、バス発車まで30分。

登り坂はとにかく苦しい。息が切れてきた。前回の記憶が甦る。しかし時間は刻々と過ぎて行く。
15:00になっても、まだ水準点近くだった。
足がふらつき始めたので10秒ほど休む。そして、また登る。

やっと柵が見えてきたのが15:10。そこから一組のカップルがこちらを見ていた。
柵まであと少しであるのに、足が思うように動かない。休み休み上がる。汗がボタボタと流れ落ちる。暑くてどうしようもない。

苦しみながら、ようやく柵を越えたのは15:15。
バス発車まであと5分かっ?!
こんなフラフラの状態で、刈田山頂まで行けるのか? 周りは白く雲に包まれ、そこまでの距離が分からない。だが、とにかく急ぐしかない。

柵の内側であっても、岩石が多いことに変わりない。必死に上り坂を歩いた。自分では走っているつもりだが、普通に歩いているくらいのスピードしか出ない。
口で息をするとバテると言われそうだが、もはや口でしか息が出来ない。
時計を見ると、あと3分。

しかしこの時計は若干進んでいたと思い出した。ただ、具体的にどれほど進んでいるのか分からない。2分か?3分か?それとも、進んでいると思っているのは気のせいか?
パーソナルGPSの表示を見れば正確な時刻が分かるのだが、ザックに絡んでしまっているので見ることが出来ない。
とにかく、今この時を急ぐしか無いのだ。

それでも、もう足が震え、息も苦しい。ここまで苦しいと、「もう間に合わなくてもいいか」とさえ一瞬思った。
しかし邪念を打ち払い、力を振り絞って坂を登った。

急に目の前が開け、山頂のレストハウスが見えてきた。この裏手に、バスの待つ駐車場がある。
ここまで来れば、もう上り坂は無い。ただ、道を歩くだけ。
「寒い寒い」と言いながらお釜のほうに歩いて行く観光客とは反対に、我輩は汗を流しながら歩いた。
時計はもう、15:20。
バスはまだいるか・・・?

レストハウスを回り込み駐車場に行くと、そこに宮城交通のバスが待っていた。
助かった!
我輩は、思わず写真を撮った。
(感動した時にシャッターを押すのは写真の基本だ。)


バスの待つ駐車場へようやく辿り着いた。

最後の上り坂である、バスのステップに足を掛け、整理券を手にした。
誰もいない。自分が最初の乗客だった。
座席に座り、汗を拭いた。

まだ時間に余裕があったようで、そのバスは2〜3分は待っていた。
その後、女性2人連れが我輩の後ろに座り、バスは白石蔵王を目指して発車した。
我輩は、バスに揺られながらMDを取り出し音楽を聴いた。昔、NHKで放映された「地球大紀行」のサウンドトラックである。このシリーズはDVDも揃え、今まで何度も観ている。これを観るたび、地球のダイナミックなスケール感が伝わってくるようだ。そのサウンドトラックであるから、目を閉じれば、さっきまで我輩がいた無音の世界をリアルに感じられる。

バスは途中、何人か乗客の入れ替えはあったが、最初の2人連れの女性たちはJR東北本線白石駅で降りた。きっと近県の人間なのだろう。
我輩はそのままバスの終点である白石蔵王駅で降りた。1,560円払った。
40分ほど待てば、新幹線の指定席に乗ることが出来る。自由席ならば早めにホームに行くところだが、今回は指定席であるから、事前にゆっくりとトイレに行き、ゆっくりと土産物を物色し、ゆっくりと水分を摂った。

それにしても、今回は計画通りに移動することが出来た。嬉しく思うと同時に、最後にホッと落ち着いた。
新幹線は、懐かしい200系がやってきた。
途中、福島駅で止まり、そこで女性2人が乗ってきた。バスで一緒だったあの2人連れだった。そういう経路もあるのか。そのほうが安いのか?


●今回のまとめ

今回、お釜の撮影は完結させるつもりだったが、やはり時間は足りない。そして、晴れている時に下に降りたい。
悔しいが、撮影は未完に終わったと言える。
だが、下に降りられるということが分かったのは大きな収穫だった。行って良かった。

今年は行けるかどうか分からないが(金銭的にも季節的にも)、今回も最後に言わねばなるまい。

"I'LL BE BACK"