2000/04/05
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表紙

1.主旨と説明
2.用語集
3.基本操作法
4.我輩所有機
5.カメラ雑文
6.写真置き場
7.テーマ別写真
8.リンク
9.掲示板
10.アンケート
11.その他企画

12.カタログ Nikon
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カメラ雑文

[676] 2009年09月30日(水)
「2009年夏 九州帰省日記(6日目)」

●8月12日(水) 6日目
<事前計画:京都郡実家→叔母さん宅→小倉周辺→新門司20:10発(フェリー泊)>


この日は、九州最終日。
実家を出るともう戻って来ないので、荷物をまとめる必要がある。

忘れてはならないのは、実家に置きっ放しにしてあった折り畳み自転車を持って帰ること。
タイヤのチューブにリペアムゲルというゲル状物質を注入しパンクレス加工をしてあったわけだが(参考:雑文572「折りたたみ自転車」)、3年ぶりに実家の倉庫から出して見ると、タイヤのリムの隙間から油状のものが少し漏れて濡れていた。さすがに長期間動かさずにいるとこうなるのか。しかしまあ、タイヤの固さそのものは変わり無く、油を拭き取れば普通に乗れた。それに、アルミフレームのため錆が出ていないというのも期待通り。

早速、フレーム中央部のフックを外して折り畳み、持参した輪行バッグ(自転車を持ち運ぶための袋)に入れて、それをクルマのトランクに収めた。そして一歩下がり、改めて眺めた。
トランクの中で、それは意外に場所を取っている。
しかも、我輩は高速道路走行時には必ず4つのパイロン(三角コーン)とLEDフラッシャーをトランクに備えている。そして非常時にはいつでも取り出せるよう、トランクの中でパイロンを積む位置を限定しているのだ。
「・・・マズイな、これでは他の荷物が乗らんぞ・・・。」

大急ぎで他の荷物を集めてみたところ、結構な量であることが分かった。
小倉までは母親も乗せて行くのだから、座席は4人分が人員で埋まる。5人乗りセダンであるから、無理すれば1人分のスペースに荷物を積めよう。だが、それだけで解決するとはとても思えん・・・。

<自転車以外にこれだけの荷物がある>
自転車以外にこれだけの荷物がある
[Canon EOS 5D Mark2/24-105mm] 2009/08/12 08:19

いったいどれだけの荷物が余ってしまうのか、それを確かめるべく、とにかく荷物を詰め込んでみることにした。

努力はしてみるもので、意外にも詰め込んでいくと何とか全てが収まった。スペアタイヤのあるフロア下スペースにも荷物を詰めたりした結果である。
ただし、一度詰め込んだ荷物は自宅へ帰るまで取り出すことは出来ない。そのため、移動中に使うものについては、トランク手前側に置いたり、車内へ持ち込んだりすることになる。

さて、実家を出る前に、家族全員の記念写真を撮る。これが無くては、九州まで来た甲斐が無い。

<全員で記念写真>
全員で記念写真
[New MAMIYA-6/50mm] 2009/08/12 08:55

記念写真を撮り終わった後、祖父母に別れを言ってクルマで実家を出た。

我輩の父親の住んでいる団地へは9時頃に行くという約束だったが、少し出遅れたため到着は9時20分頃になってしまった。
出迎えた父親は相変わらず軽装だった。
豚児をクルマから降ろすと、父親は「おお、おんぶしてやろう。」と豚児をおぶった。

<豚児をおんぶする我輩の父親>
豚児をおんぶする我輩の父親
[Canon EOS 5D Mark2/24-105mm] 2009/08/12 09:23

去年ならばそのまま父方の祖母のいるところまで一緒に行くところだが、今年は「ウチに上がらんか?」と言われたので、行ってみることにした。
そうなると、クルマはどこに駐車しようか。

「クルマはそこに停めときゃええ。」
父親は、黄色いラインで駐車禁止区域となっている場所を指し示した。
「えっ、ここは"駐車禁止"ってなっとるみたいやけど?」
さすがに堂々と停めるのはマズイと思った。しかし父親は平然と言った。
「構わん、構わん。」
「いや、構わんっちゅうたって、団地の管理人が構うやろうが・・・。」
「ワシが管理人やけん。」
「えっ?! ・・・あ、そう。」
我輩は、団地の管理人のお墨付きをもらったので、駐車禁止区域に堂々と停めることになった。

<駐車禁止区域に堂々と駐車>
駐車禁止区域に堂々と駐車
[Canon EOS 5D Mark2/24-105mm] 2009/08/12 09:24

部屋に入ると、そこに父親の奥さんがいたが、父親の娘のY子(つまり我輩の妹ということになるか)は外出中とのことだった。ただ、Y子は豚児のためにプレゼントを用意していてくれたとのことで、それを受け取った。

しばらく雑談した後、祖母のいる場所に行くことになった。
父親がクルマに同乗し、道案内をする。
去年は祖母の自宅へ行ったが、今年はデイケアの施設へ通っているとのことで、そこへ訪問するということになった。

途中、なぜか町内の中央図書館へ案内された。
聞けば、そこでは父親の主催する原爆写真展が行なわれているとのこと。そこで小一時間、写真展示を見ることになった。
「う・・・、平和教育も大切かも知れんが、こちらにもスケジュールがあるんだが・・・。」

<原爆写真展>
原爆写真展
[Canon EOS 5D Mark2/24-105mm] 2009/08/12 10:34

駐車場に停めたクルマに戻る時に我輩が小走りしたところ、「なん、急いどるそか?(なんだ、急いでるのか?)」と父親が言った。
「今日の夕方はもうフェリーに乗るんやけん余裕が無いんちゃ。(今日の夕方はもうフェリーに乗ることになってるのだから余裕が無いんだよ。)」「おお、そうなんか。これからK男のところにも寄ろうち思うちょったが、無理やったかのお。」
K男・・・、そうか、弟もいるという話だった。忘れていた。しかし、祖母に会いに行くという予定しか組んでいないため、これ以上の寄り道は難しい。

ようやく、デイケアのある隣町に進路を向けた。
助手席に座った父親の案内どおりにクルマを走らせていたのだが、どうも最初に聞いた話とは違う場所へ誘導されているようだ。そのことを父親に指摘すると、「あ、そうか、間違えてワシが通っとる腰痛の病院を案内しよったわ、ハハハ。」と笑い出した。
カンベンしてくれ・・・。

その後、ようやく祖母の通っているデイケア施設へ到着。
祖母は、ビックリしたような顔をした。我々が九州へ来たことは知っていたようだが、この日に来ることまでは知らなかったらしい。
「あれまあ、よう来てくれたわ!」
目を丸くして驚いていた。

父親が、「みんなで記念写真を撮ろう」と言い、介護師さんにカメラを渡して撮ってもらうように頼んだ。
見ると、父親のカメラは「MINOLTA α-7」だった。以前は「α-9000」だったのだが、最新機種に替えたらしい。
そして、次に我輩の「Canon EOS-5D Mk2」でも撮ってもらった。

<皆で記念撮影>
皆で記念撮影
[Canon EOS 5D Mark2/24-105mm] 2009/08/12 11:04

撮影時、祖母が豚児の手をギュッと握っているのが印象に残った。

撮影後も、祖母は豚児の手を握ったまま話などしていた。豚児の様子を見ると、いつもと違う神妙な表情になっている。久しぶりに会ったので人見知りしているのかと最初は思ったが、どうもそういう感じでも無さそうだった。こんな表情は初めて見た。
我輩も祖母と握手をした時に、その手の力強さを通して祖母の気持ちを感じた気がした。豚児も、同じことを感じたのだろうか?

<撮影する父親、そしてそれを撮る我輩>
撮影する父親、そしてそれを撮る我輩
[Canon EOS 5D Mark2/24-105mm] 2009/08/12 11:28

祖母と歓談して30分ほど経った頃、父親が「じゃあそろそろ」という感じで言ったため、クルマに戻る雰囲気になってしまった。少し早過ぎるようにも思ったが、来客ということであまり長居出来ないのかと気を遣った。

祖母は、最後の時間を名残惜しそうにしながら、豚児や我々の手を固く握ってきた。
特に豚児には、「がんばんなさいよ!」と激励の言葉をかけた。次代を担う曾孫に、強く生きろと願いを込めたのだろうか。

<「がんばんなさいよ」と豚児を激励>
「がんばんなさいよ」と豚児を激励
[Canon EOS 5D Mark2/24-105mm] 2009/08/12 11:33

見ると、祖母と豚児は背が同じくらいである。祖母が小さいのか、それとも豚児の成長が早いのか。
後になってこの写真を見ることがあれば、また感慨深いものがあるに違いない。

豚児は別れ際に「じゃあ、ばあちゃんバイバイ」と手を振った。
我々はエレベーターに乗ったのだが、エレベーターのドアには窓が付いていたため、ドアが閉まった後でも、エレベーターが下に降りる瞬間まで祖母の顔が見られたのは良かった。

<ばあちゃんとの別れ>
ばあちゃんとの別れ
[Canon EOS 5D Mark2/24-105mm] 2009/08/12 11:33

クルマに戻った我々は顔を見合わせ、「ばあちゃん、元気だったね」と安心したように言った。
今から思えば、何か記念になるようなもの、例えば豚児が描いた絵などを渡せば良かったと思ったが、まあ後日、記念写真などを郵送しておこう。

さて、昼は叔母さんにお昼をご馳走になる予定。我輩の母親もその店で合流することになっている。
我輩は父親をクルマで団地まで送り届け、叔母さんの家に行った。
食事は隣町のほうにある料理屋で予約を入れているとのことで、叔母さんをクルマに乗せてその店に向かった。田舎は狭いので、先ほど行ったデイケアの近くを通り、料理屋の駐車場に到着。
やはりこの時間になると、エンジンを止めた瞬間に車内が暑くなるのを感ずる。

我輩の母親は一足先に店に到着していた。
さすがに予約する店だけあり、なかなか珍しい料理が色々と出た。叔母さんはこういう店を見付けるのがうまい。

<昼食>
昼食
[Canon EOS 5D Mark2/24-105mm] 2009/08/12 13:11

食後、叔母さんを家まで送ったのち、今度は我輩の母親の住む小倉のマンションへ向かう。
小倉の街を巡ってみるのも良いかも知れないが、この日の夕方にはフェリー乗り場へ行かねばならないことも念頭に置く必要がある。

フェリー出航が20時、乗船手続きはその1時間前の19時。小倉のマンションからフェリー乗り場までは30分の道のりであるから、余裕を見て18時には出発したほうが良いだろう。
時間が経つのが意外に早いということを考えると、ヘタに街中に出るよりこのままのんびりマンションの部屋で過ごしたほうが良かろう。

これは、フェリー出航時間に間に合わせる責任を持つドライバーとしての心理である。もし我輩がドライバーでなかったならば、もしかしたら街中に出ることを望んだかも知れない。
それにしても、やはり我輩の予想通り時間が経つのは早かった。本当に今回の帰省は、我輩の周囲だけ時空が歪んでいるのかと思わせる。

しかし心配性の我輩は、17時半になった時点でそこを出発することにした。もっとも、これまで時間ギリギリのハラハラドキドキを何度も経験しているからということもある。

マンションを出る直前に皆で記念写真を撮った。
「このマンションの部屋とも、もうお別れか」
来年来る時には、このマンションは取り壊されていることは間違いない。我輩がここに住んだことはなかったものの、予備校時代から大学時代、そして今日に至るまで、ちょくちょく遊びに訪れた想い出がある。
あまりキレイとは言えない部屋の中を撮られるのは母親は喜ばないだろうが、玄関を出る前にぐるりと見渡すように部屋の中を撮影した。

そしてマンションを出てクルマに乗り込み、見送る母親に手を振りながら、新門司のフェリー乗り場に向かってクルマを発進させた。
道はスムーズに流れており、意外に早く18時半にはフェリー乗り場へ到着した。

<新門司フェリー乗り場>
新門司フェリー乗り場
[Canon EOS 5D Mark2/24-105mm] 2009/08/12 18:57

間もなく接岸したフェリーは、特に狙ったわけではなかったが、偶然にもここに来た時と同じ船「ニューながと」だった。

<来た時と同じ船だった>
来た時と同じ船だった
[Canon EOS 5D Mark2/24-105mm] 2009/08/12 18:41

帰りの便も4人部屋の寝台であるが、もしかしたら我々家族3人の貸切り状態にならないかと期待したが、やはり1人の男性客との相部屋となった。
まあ、寝るだけの部屋であるから、静かに寝ていれば何も支障は無い。

早速、夕食を食べに食堂へ行った。
今回もまた何となく同じ席に座った。そのほうが落ち着くような気がする。

<夕食>
夕食
[Canon EOS 5D Mark2/24-105mm] 2009/08/12 19:43

その後、デッキに出て夜の港の風景を楽しんだ後、風呂に入ってすぐに寝た。
明日の中央自動車道の走行がどうなるか少し気がかりではあったが、現時点で心配する情報や安心する情報など何も無く、考えても意味は無かろう。
ここまで来たら、なるようにしかならぬ。