シャッターチャンスというのは、スポーツ写真だけの問題ではない。写真を撮るという作業は、動いている現実世界の一瞬の時間を切り取る作業であるため、どれほどゆっくりとした動きであろうとも、シャッターチャンスというのは大事である。
露出やピントが自動化された現代に於いて、もはや「シャッターチャンス」というのが撮影者の感性を盛り込める数少ない要素でもある。
前にも書いたように、その場の情景というのは一期一会の無常の世界と言える。ほんのちょっとの時間差が、イメージを捉え損ねることになるかも知れぬ。ほんの小さな違いであろうとも、表現者の意図に関わる部分ならば、決して容認出来ることではない。
風になびく稲の穂、道を歩く人、風に流れゆく雲・・・。どれほどのんびりとした風景であろうとも、心にピンとくる瞬間というのは、タイミングを合わせた一瞬にしか無い。それを感ずる部分が、一人一人の感性というものなのだ。
稲穂の動きに風を感じ、それを写真に捉えようとしてシャッターを切る。しかし、タイミングに気付かず適当にシャッターを切るならば、稲穂から感じ取るべき風の存在が表現出来ない。