2000/04/05
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表紙

1.主旨と説明
2.用語集
3.基本操作法
4.我輩所有機
5.カメラ雑文
6.写真置き場
7.テーマ別写真
8.リンク
9.掲示板
10.アンケート
11.その他企画

12.カタログ Nikon
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カメラ雑文

[532] 2005年03月28日(月)
「効率の問題と気分の問題」

新橋。そこは我輩の職場のある街。
多くのビジネスマンや省庁の役人たちが、朝夕の通勤時に列をなして歩く。
そういった毎朝の光景の一つとして、歩行者の信号見切り発進がある。

青信号に変わるまでの数秒間が待てない人間たちは、時間を節約しようとして赤信号を渡り始める。それにつられて別の人間も進み始め、結果的に我輩以外の全員が赤信号の横断歩道を渡る。
ところが青信号になるのを待って遅れて歩き出したはずの我輩が、横断歩道を渡り切るまでに先頭集団の中を歩いているのだから妙な話。
要するに皆、歩く速度が遅い。

見切り発進の時間差は、ほんの3〜5秒程度。
ただし、見切り発進によって得られる最大の効果は、「早めに先頭に出て心おきなく歩きの速度を上げられる」ということである。先頭に出なければ、いくら歩く速度が速くとも、前列にブロックされて思うように速度を上げることが出来ないのだ。
だから、我輩のように歩く速度が比較的速い者にとって、見切り発進を行うメリットは十分にある。だが逆に、歩く速度の遅い者が見切り発進しても、最初の3〜5秒程度を得するだけでしかない。

せっかく安全性を犠牲にしてまで見切り発進したはずが、歩く速度が遅いために見切り発進の効果を無にしてしまう。これほど非効率・非合理な事も無かろう。恐らくこういう輩は、走行中の電車の中でも走れば早く着くと考えているに違いない・・・。



カメラの世界でも、一見効率的に見える技術や手法は多くある。
オートフォーカスや自動露出などは、人間の動作よりも素早く正確に行うために登場した。現在では、プロカメラマンでもよく使う機能であろう。カメラが高度化されたということは、優秀なアシスタントがカメラに備わっているということでもある(参考:雑文019「最近のプロ用カメラ」)。

しかしながら、効率的なはずのそれら機能を使いながらも、手動操作のほうが早くて確実だったという場面もある。
もちろん、それらは道具の使い方の問題なのだが、意味の無い行為にこだわる滑稽さは、信号の見切り発信に通ずるものがある。

だがそう言う我輩も、まさに意味の無いことにこだわり過ぎて目的を失うことがある。

我輩は「AF機で撮影する時はAFを使わねば意味が無い」と無意識に考えているため、それが非力なAF機であってもAF撮影しか考えない。その結果、レンズのフォーカスが行ったり来たりしてなかなか撮影出来ずに貴重なシャッターチャンスを逃してしまうのだ。
特にフォーカスエリアが自動選択のモードになっていると、ピントを合わせたい場所には必ずと言って良いほどピントが合わない。そんな状態で何度も何度も測距し直し撮影が進まない自分に気付く。
「最初からMFに切り替えていれば早かったな・・・。」

しかし不思議なもので、AF機を使っていながらもAF撮影しない場合、なぜか損をした気分になる。どんな方法を用いたとしても、結局は撮影という目的がすんなり行われれば良いのであるが、なぜか気分がスッキリしない。

期待した効果が得られないとしても、交通信号をジックリ待てず見切り発信する者の気持ちが少し分かったような気がした。
信号を待つ者たちにとって、効率がどうあれ、少しでも早く歩き出さないと損した気分になるのだろう。


(2005.04.18追記)

「最長記録」
先日、新橋で見切り発進の最長記録6秒を目撃した。
そこは結構広い道路で、右折信号がある。そのため、交差側の信号が黄色から赤になってもまだしばらくは渡れないのである。しかし、我輩が見ていると2人の男が交差側の信号が赤色になった早々渡り始め、それにつられて10人前後の人間が後を追うように歩き始めた。しかし道路の真ん中まで来てもまだ歩行者側は赤のまま。先頭の2人の男は少し信号を気にしながらも赤のまま渡り切ってしまった。途中の10人はちょっと戸惑っているようで、後ろを振り返ったりしていた。自転車のニイちゃんはさすがに2〜3メートルほどで停まった。

「視覚に頼る信号は時代遅れか」
釣られる人間というのは、周囲の空気を読んでいることに気付いた。
というのも、周りの人間に押されるように横断歩道を渡ることもよく見掛けるが、誰も渡らなくとも車の流れが途切れると信号が変わったと勘違いして渡り出す人間がいるのだ。これはつまり、信号は全く見ていないということ。ただ周囲の動きで反射行動を起こしているに過ぎない。「車の流れが途切れる」→「歩行者側の信号は青に違いない」という条件反射である。
最近は携帯電話の画面を見ながら歩く者が増えたため、視覚と大脳新皮質に頼ることはやりにくいのだろう。事故を未然に防ぐため、携帯電話使用者を視覚及び知能障害者として認定すると同時にメロディー信号の導入が期待される。