2000/04/05
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表紙

1.主旨と説明
2.用語集
3.基本操作法
4.我輩所有機
5.カメラ雑文
6.写真置き場
7.テーマ別写真
8.リンク
9.掲示板
10.アンケート
11.その他企画

12.カタログ Nikon
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カメラ雑文

[511] 2004年10月26日(火)
「あれは本当にNikon F6だったのか」

「Nikon F6が出る」
デジタルカメラばかりの新製品ニュースの中で、この発表はかなり衝撃的であった。
何しろ、デジタルカメラが存在しなかった時代でもNikonのフラッグシップの登場は大事件である。過去、Nikon F一桁シリーズとCanon EOS-1シリーズの登場は、カメラ/写真雑誌の記事でも別格の扱いであった。

今までさんざ「F6など出ない」とか、「F6はデジタルカメラになる」などと言われていたのだが、現実にはF6は銀塩のフラッグシップとして登場した。
しかしフラッグシップの開発サイクルを考えると、「さすがに次のF7は出ないであろう」と誰しもが漠然と感じている。わざわざ肯定もしない、わざわざ否定もしない。銀塩肯定派も、「よく銀塩として出してくれた」と心残り無くあの世に行くような心境である。
つまり、現実にそうなるかどうかは別として、「Nikon F6は最後の銀塩フラッグシップである」というのが全体の共通認識というところ。

そういう意味で、F6は銀塩カメラの集大成であるという位置付けを期せずして担わされた。
これは、発売を待つ側の期待を増幅させるに十分過ぎる。


昨夜、我輩はヨドバシカメラ上野店へ出向いた。
F6の発売日を数日過ぎたため、現物はともかくカタログはあるだろうと思ったからだ。
しかし期待に反してカタログは全く無く、カタログ用の棚がそこだけ空いていた。恐らくカタログはすぐに売り切れたのだろう。

ところが、F6本体が展示してあるのに気付き驚いた。
その一角には客が誰も居なかったため、まさかF6の現物があるとは思いもよらなかったのだ。F6に触るには順番待ちを覚悟していたのだが・・・。

さて、実際に手にした感触だが、これがまた期待を裏切ってくれた。

まず、シャッターの感触だが、音がほとんどしない。まさにデジタルカメラのよう。いや、我輩所有デジタルカメラCanon EOS-D30のほうがまだ音が大きいのではなかろうか。

シャッターの音というのは、一種のフィードバックとも言える。
例えば、最近のエレベータのボタンは触れただけで反応するが、押したという感触が指にフィードバックされないため、本当に押せたのかどうかを目で見て確認しなければならない。たまにボタンが点灯せず、ふと気付いて慌ててボタンを押し直す風景はよく見る。
小さなことではあるが、そういう小さな不満が無意識の領域に影響を与え、"好き嫌い"という部分で表面に現れる。

我輩は、シャッターの音が大きいほうが撮影しているというフィードバックを得られると考えている。
確かに、静音を求められる撮影シーンはあろう。「バードウォッチング」、「街角スナップ」、「盗撮」・・・。
特に盗撮では、シャッター音の大小は生死を分ける。しかしながら盗撮のニーズは、現像処理の必要が無いデジタルカメラのほうにシフトしているため(探偵業務ではデジタルカメラによる盗撮は証拠能力に乏しいかも知れないが、一般的にはパンチラ盗撮が多かろう。)、この際無視して良いのではないかと思う。

同時にF5のほうもシャッターを切ってみたが、やはりこちらのほうが切れがあって良い。撮影テンポが掴み易い。
F5の登場時はこれもシャッター音が小さいなとは思ったが、F6のシャッター音を聞くとF5のシャッター音のほうが頼もしく聞こえる。

次に電子ダイヤル(ニコンではキヤノンに対抗して"コマンドダイヤル"と呼んでいる)の回転時の感触だが、期待したほどのスムーズさは無く、やはりクリックに粘りを感ずる。キヤノンやミノルタなど他社に比べて断然切れが悪い。もちろん、F5よりは軽くなっているのだが、それでもまだ気分良く操作するには不満が残る。

さらに、軍艦部の液晶パネルはコントラストが低く視認性は悪い。これはF5と同じ。F100はクッキリした液晶で着色も少なく見易いのだが、F5とF6の液晶パネルは全体に緑がかかっており、影も深く落ちている。
この点は、もしかしたら耐久性を優先させるとこのようになってしまうのかも知れないが、シロウト目にはF100に使っている液晶パネルのほうが高級そうに見えてしまう。

もうここまでくると、最初の期待感はトーンダウンしてしまった。
買うと決心した気持ちは、もう無い。
別段、銀塩最後のカメラをF6にしてしまうことも無い。我輩にはF3とα-9xiというフラッグシップがあるじゃないか。いつかこれにF5が加わるのかも知れないが、F6は恐らく縁が無かろう。

ヨドバシカメラを出て、上野駅に向かって歩いた。
その途中、「あのカメラは、本当にF6だったのだろうか」と思った。
あまりに期待が大き過ぎ、別のカメラをF6と間違えたのかも知れない。そうでなければ、こんな気持ちになろうはずが無い。

今度、F6を見かけた時には、過度に期待せず冷静に眺めることにしよう。