[491] 2004年06月04日(金)
「不確定性原理」
ハイゼンベルグの「不確定性原理」では、観測することによって観測対象が変化してしまい、正確に観測することが原理的に不可能とされている。
数式的な根拠は我輩には理解不能だが、とりあえずそういうことらしい。
さて、我輩は過去に、ある過ちを犯した。
それは、ビデオ撮影やデジタルカメラ撮影で豚児(とんじ)に液晶画面を見せたことだった。
当時はまだ豚児も幼虫状態でハイハイすら出来なかった。
まだ言葉がしゃべれないため、コミュニケーション手段は当然ながら"泣き声"である。腹が減れば泣く、寂しければ泣く、機嫌が悪ければ泣く。
ある時、ヘナチョコ妻は買い物に出掛け、我輩は豚児と2人で家に居た。
しかし豚児が激しく泣き出し、我輩は必死にぬいぐるみや何やらで機嫌をとったが泣き止まない。いいかげん腹も立ったのでデジタルカメラでその泣き顔を撮影し、その画像を泣いている豚児に見せた。
「おい、よく見ろ!こんなに歪んだ顔して泣いているのが分かっているのか、みっともないと思わんのか!」
豚児はその画像を見ると、ピタリと泣き止んだ。そしてその画像をジィーっと見入り、こちらを向いてニヤリと笑った。
「うぉっ!こ、こいつ・・・。」
さっきまで泣きまくっていた顔がニヤリと笑ったため、我輩はひるんでしまった。
とりあえず、豚児の機嫌はそれで直ったようで、一応、泣いた時の対処法としてその方法が有効だと判った。
それ以降、泣いている時にはデジタルカメラやビデオカメラの液晶画面を見せることにした。
ところが、豚児が面白い動作をやっているからとビデオを回し始めると、こちらを意識して動作が変わってしまうようになってしまった。
少し成長して歩き始めたりしゃべり始めたりする頃になると、音楽に合わせて踊ったり、面白いことを言ったりするのだが、カメラを見付けると途端にこちらへ駆け寄って液晶画面を見に来る。
まさに、観測することによって観測対象が変化してしまう「不確定性原理」である。
その傾向は今でも変わらない。
銀塩カメラで撮影していても、急いでやってきて裏ブタあたりを覗き込もうとする。
まったく困ったものだ。
|