2000/04/05
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表紙

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カメラ雑文

[371] 2002年09月08日(日)
中判魚眼レンズへの道(3)「最後の賭け」

前回の雑文にて、市販のアストロカメラでは一般撮影が絶望的と分かり、力が抜けて前のめりにバッタリと倒れ込んだ。
うつろな目で見える映像が、円形に歪んで見えるようだった。
「・・・クソ、これがアストロカメラの限界か。もはやこのまま諦めるほか無いのか。」
その時、我輩はふと起き上がり、インターネットで再びアストロカメラの検索をした。その瞬間、円形になった視野がパッと広がったような気がした。
「自作アストロカメラか!」

インターネット上には、アストロカメラを自作したという個人のサイトが多数あり、中には製作日記を記したものさえある。そのほとんどはシャッター無しのアストロカメラであったが、中にはシャッター組込みの自作アストロカメラもあった。
これだ。もう、自作するしか道は無い。

この瞬間まで、我輩は必要な機材を探して買うという行為しか考えなかった。用意された道具をただ使うだけ。道具があれば「可能」、道具が無ければ「不可能」とはな。
それはあたかも、口を開けて餌を待つ鯉のようである。自らの軟弱ぶりが見えて歯がゆい。道具にこだわるならば、自分の納得出来る道具を自ら作ることも必要である。
例えば、ダイヤル式カメラが絶滅したとしても、液晶表示カメラにダイヤルを無理矢理ネジ込むくらいの鼻息の荒さがあっても良いと思う。

そうは言っても、レンズ材の製造や研磨、光学系の設計、機械動作をする部品の製造などは個人の手に余る。そこまで徹底した自作などはもちろん不可能であるから、ここでは手軽に得られるパーツを組み合わせてカメラの自作としたい。
カメラの構成単位は、「レンズ」、「シャッター」、「フィルムバック」の3点である。この3点を上手く組合わせて一台のカメラを作ろうというのが今回の挑戦である。

まあ簡単には言うものの、自作のリスクは大きい。自分の腕が一つでも及ばぬならば不完全あるいは未完成で終わり、それまでに投入したコストが全て無駄となる。
果たして、我輩にやり遂げられるか? やめるならば今のうち。

我輩は、紙に部品のスケッチをしたり必要なコストを算出したりと検討を重ね、そして決意に至った。
必要な部品が手元に揃っていないため、本当に組み上がるのかということまでは確証が無い。ただ、「出来るはずだ」ということしか言えない。
これは最後の賭けである。自分を信じて、前に進むのだ。

これほど精密で完璧な設計図があれば、自作は実現したも同然。あとは実行あるのみ。

●検討事項
まず、紙にスケッチした構成要素について検討する。

<レンズ>
レンズは、35mmカメラ用の対角線魚眼レンズを使うことが大前提であるため、選択肢は限られている。その中でも一番安く手に入るレンズは、レンズメーカーであるシグマ製「15mm F2.8 DIAGONAL FISHEYE」である。これならばマップカメラ価格で\39,800と安い。ロシア製レンズも考慮しても良かったが、手に入るかどうか分からないようなものを計画に入れても意味が無い。しかもレンズマウントの問題が面倒である。


<シャッター>
シャッターは、マウント径を考慮すれば一番大きな3番しか無かろう。径の大きい分、シャッタースピードは最高で1/125秒と遅いが仕方無い。ここではコパル製を想定する。これは大判用レンズ(フジノン250mm)に付いているシャッターであるが、レンズのほうは解体してネジ込み部分のみ拝借する。


<フィルムバック>
フィルムバックは巻き上げレバーの付いたマミヤRB用やマミヤプレス用が最適だと思われる。しかし、円形の魚眼映像を無駄無く使えるのは、正方形画面である66判なのは明白。新たな出費も抑えたいので、現在ゼンザブロニカSQ-Aiで使用しているフィルムバックの1つを流用することにしよう。フィルムの巻き上げがクランク式になるのは少し面倒だが・・・。

<マウント>
レンズ接合については、着脱不可能な固定式にすれば極端な話、接着でも溶接でもネジ留めでも何とかなりそうな気がする。だが、出来れば着脱式として通常の35mmカメラ用レンズとしても使えるならば嬉しい。
そこでマウントは、手元にあるニコンの接写リングを利用しようと考えた。当然ながら魚眼レンズもニコンマウント用を選択することになる。


<ファインダー>
ファインダーは、180度視野のドアスコープを流用することにした。
これは、ヤフーのオークションで魚眼レンズを探している時に検索に引っかかり、これは使えるなと思いついた。事実、他の自作アストロカメラのサイトでも、同様にドアスコープをファインダーとして使ってるようだ。
もちろん、費用を抑えるためにオークションではなく東急ハンズで購入する。

<各種部材と加工>
ボディ部分のアルミ板や木材については、強度を持たせるためになるべく強いものを使いたい。アルミならば厚さ1.5mm、木材ならば加工しにくくとも堅いものを。
加工方法については、肥後の神(昔懐かしの定番和製ナイフ)でカリカリ削っていくのもいいかも知れないが、今回はフランジバックなど精密さを要求され、また金属素材もあることなので、大胆に機械力を導入することにしよう。
気が付くと、我輩はヤフーのオークションやGoogle検索で「旋盤」やら「フライス盤」やら「切削加工」などという単語で検索し始めていた。しかし、これはさすがに大げさか。
オークションには、手頃な価格のものも出品されてはいたのだが、カメラを1台作った後は使う予定も無いので無駄過ぎる。
そこで、今回はPROXXON(プロクソン)というドイツ製ルーターを導入することにした。手芸で使われるルーターであるが、少し強力な製品を選べば金属加工もそれなりに可能である。東急ハンズでは目当てのものが在庫切れの為、インターネット上で検索し、安いと感じた「株式会社中正」で通販によって購入した。

●製作
まず、アルミ板の加工を始める。 先にも述べた通り、アルミ板は1.5mmと厚い為、ルーターで切断することにする。砥石カッターを使用して少しずつ切れ込みを入れていくのだが、切断を焦るとカッターの消耗も激しくアルミ板も高温になってくる。アルミだとバカにしていたのが意外と手間が掛かった。
切断時の騒音は予想以上。しかし、ちょうど隣の土地でビル建設が行われている最中であり、その騒音に乗じてアパートの隣家に気兼ねなく加工が可能である。

アルミ板から切り出し、穴開け加工をする。エッジが鋭いので面取りも行う。

アルミ板はフィルムバックとシャッターを取付けるためのベースであり、カメラ本体とも言える。色々と試した結果、フランジバックの関係上、木材によるボディ部は必要無く、アルミ板とワッシャーのみで良いことが判明。
実は、フィルムバックの着脱を実現させる金具も取り付ける予定であったのだが、ボディの幅が狭いためにそのようなメカニズムを盛り込むスペースが確保出来ず、フィルムバック着脱機構は諦めて固定せざるを得なくなった。まあ、その分製作は楽にはなる。

シャッター部にレンズマウントを設置し、アルミ板に固定。これにフィルムバックを付けてフランジバックを調整すればカメラの形態が整う。

さてレンズのほうは、35mmカメラ用対角線魚眼である。今回はこれを全周魚眼として使うわけだが、イメージサークル全周に渡って利用することを想定されたものではないため、レンズに組み込まれたフードが邪魔となる。これは一見するとプラスチック製のように思えたのだが、ルーターで切断していくと金属製であることが判った。
切断中、切断面がレンズに近過ぎることに気付いたが、途中で進路を変えることも出来ずそのまま切断を続行した。その結果、レンズ面には傷は無かったものの、レンズ鏡胴に深爪してしまい、見かけが悪くなってしまった。

フード切除の様子。砥石カッターで時間をかけて切断する。

ファインダー用のドアスコープは当初、木製ボディに設置する予定であったが、木製ボディが不要となった為、アルミ板に直接設置することになった。そうなると、アルミ板に取り付けたアームをドアスコープの光軸に向けて90度ねじらねばならない。これも見かけが悪くなるのだが、機能を優先させるため仕方無い。
また、三脚座も同様に木製ボディに取り付ける予定であったがそれも叶わず、不安定ではあるがアルミプレートにそのまま固定させた。ちなみに、この三脚用ネジ穴部分は、ミノルタα-9000のものを移植した。

●完成&試写
「完成」などと一言で言うものの、細かい調整は一苦労であった。フランジバックの調整は微妙であり、フィルム面にトレーシングペーパーを貼り確認しながら組み上げた。
だが、やはり微妙なズレは試写しながら補正するほか無く、完成までにはモノクロフィルムT-MAX100を10本ほど消費した。まあ、フォーカスの確認が済めば用無しのフィルムなわけで、フィルム現像は定着と水洗作業の段階で手抜きをした。当然ながらフィルムに残る色素(ピンク色の分光増感剤)はヌケずに残っていたが問題無い。

フォーカスのチェックが終わり、野外テストを行った。
通勤途中や職場などでリバーサルフィルムを使い撮影をしてみた。フィルムはいつもの安い「Kodak EPP」を使いたかったのだが、フジフィルムのリバーサルのほうは夕方に出しても翌日の夕方には仕上がるので、高価だが「FUJI PROVIA 100F」を使用した。
だが、試写1回目は光漏れが酷い結果となった。原因は、シャッターとアルミ板との接合点で、円形の穴から四角の穴に変わる部分で起こっていた。
当初、遮光にはモルトプレーンのシートを使っていたが、それはあくまで補助的に使うべきものだったのだ。室内のフォーカスチェック撮影では表面化しなかったが、野外の日光の下ではカブリを起こしたのである。
手元には適当な材料が見付からず、黒色プラスチックを熱して溶かし隙間を塞ぐことにした。かなりの荒技だったが、これで光漏れは無くなった。

見かけはあまり良くないが、写りは満足出来る。

シャッターがセルフコッキングではないので、フィルムも巻上げが済んだのかを忘れることがあり、何度か二重露出させてしまった。
また、シャッター開放レバーが他のレバーと同じ大きさであり、何度か間違えて操作したり鞄の中で誤作動起こしたりした為、即座にこのレバーを短く切除し、操作しにくくした。

更に、このカメラのピントは目測式となる為、なかなかピントを合わせるのに苦労した。
それもそのはず、「撮影距離」とは、被写体からレンズ先端までの距離ではなく、被写体からフィルム基準面までの距離であった。我輩としたことが、そんな基本的なことを忘れていた。全く恥ずかしい話だ。
通常のレンズならば、最短撮影距離が50cm程度と離れているため、レンズ先端からの距離と考えても誤差が少ない。だが、魚眼レンズのような短焦点レンズでは、最短撮影距離が15cmくらいと短く、レンズ先端からの距離だと考えて撮影するとピントを誤ることになる。
ちなみにフィルム基準面とは、カメラには必ず描かれている土星マークのことである。これがフィルム面の位置を表す。

出来上がったスリーブ。誤ってシャッター開放レバーを操作してしまったコマが2つほどある。

・・・今回は、単に全周魚眼写真を得るためだけに、これだけのエネルギーを使い精魂尽きた。
しかしながら、仕上がった写真をプロジェクターで投影して観ると、その迫力に感動した。
中判フォーマットの超微粒子リバーサルで全周魚眼レンズを使った写真を、スライドプロジェクターで拡大投影して眺める。情報量の多さではこれに勝るものは他に無かろう。冗談抜きでこの写真は凄い。

今回は被写体を特に選ばぬ「作例的写真」ではあったが、それでもこの写真は我輩にカメラ製作の苦労をいっぺんに忘れさせた。
カメラ製作という未経験分野の賭けではあったものの、我輩の執念が勝(まさ)ったと言えよう。

パソコン画面では情報量の迫力は伝わらぬ。ここでの表示は、プレビューの意味しか無い。