2000/04/05
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表紙

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カメラ雑文

[280] 2001年07月08日(日)
「実物の痕跡(前編)」

レンズを使わない写真と言えば、レントゲン写真(X線写真)やフォトグラム(印画紙上に物を置いて直接露光する手法)が思い浮かぶだろう。もちろん、ピンホールカメラや電子顕微鏡写真というものもあるが、あれはピンホールや磁界がレンズの役目をして結像させている。

レントゲン写真とフォトグラムの共通点は、被写体となる物体に直接影を落として露光させる点である。当然ながら、背景などは一切写り込まず、被写体のみが映像化される。この点はレンズを用いる写真との決定的な違いと言える。だがそれでも写真には違いない。


厳密なる「写真」の定義がどんなものか、我輩は詳しく知らない。だが、レントゲン写真やフォトグラムを考えると、必ずしもカメラやレンズによって映像を結ぶものではないと考える。
では、どういったものが写真と言えるのか。感光体(剤)を使って得た映像か?
しかし感光体が必須だとしたら、原子サイズの探針で物体表面を探る「走査トンネル型顕微鏡」の映像は写真とは言えなくなる。あれが写真でないとすれば、絵か?

確かに文字にこだわって考えるならば、「Photo−Photon−光」ということで、「光を使って生成した画像」と言うことになろう。だが、言葉に限界があるのは誰もが認めることである。その言葉だけを見て結論を出すならば、真実を見誤ることとなる。

我輩が勝手に考えるに、写真とは「途中経路で人間の主観に触れず、物理的に存在する被写体の相似映像を得ること」と解釈する。そう考えるならば、レントゲン写真やフォトグラムは立派な写真と言える。それに対し、コンピュータの計算によって画像を生成する3D画像は写真とは言えない。

要するに、「対象物が実在し、その痕跡を光や接触によってなぞることによって印象を得る」ということだ。それは実物の写しであるため、証明や証拠としての価値を持つことが出来る。
実物を印象した「魚拓」や「足跡」や「指紋」などは、それぞれに証拠的な意味を持っている。実物があったからこそ、それらが存在したという証になる。
それらは一般的な意味での「写真」とは言えないものの、広い意味での「写真」に入れてもいいのかも知れない。



長崎・広島で投下された原爆で、原爆が炸裂して発する強烈な熱線により、家屋の板壁に人の輪郭がくっきりと焼き付けられたものがある。また、石橋の欄干の影が地面に焼き付けられたものがある。これも写真の一種と言えよう。
それは確かに存在し、その形を熱線がなぞることで痕跡を残した。だからこそ、それを見る者の心に訴える力を持つ。

写真が真実を写すかどうかは別として、何かの痕跡を残すという意味に於いては、写真は他には無い力を持っていると言える。例えそれが光の反射や屈折によるものだとしても、何らかの現象が忠実に映像化されたということは間違いない。


ここは我輩が勝手に写真の定義を決め、それを前提として行った考察であり、「これが写真の定義だ」などと言い切るものでは無い。念のため。