2000/04/05
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表紙

1.主旨と説明
2.用語集
3.基本操作法
4.我輩所有機
5.カメラ雑文
6.写真置き場
7.テーマ別写真
8.リンク
9.掲示板
10.アンケート
11.その他企画

12.カタログ Nikon
 F3 (F3H)
 FM3A
 FM2
 FM
 FE2
 FE
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 FE10
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カメラ雑文

[277] 2001年06月24日(日)
「答合わせ」

学生の頃、よく問題集を解いたものだ。一区切りついたあと、即座に巻末の解答を見て答合わせをした。答が載ってなければ問題を解く意味が無い。もし自分の答が間違っているなら、それを訂正し自分にフィードバックしなければならない。
テレビのクイズ番組でもそうだった。たまに解答が次週に持ち越されるようなものもあったが、そういうのが一番気持ちがスッキリしない。考えさせるだけ考えさせて、突き放された感じだ。とても次週まで待てるか。


さて「次週」と言えば、我輩は次週より町屋勤務から田町勤務に変わる。そうなると、せっかく最近出来た町屋の古本屋に行く機会も減るだろう。そういうわけで、今のうちにめぼしい本を漁っておこうと思った。
オープン当時はそれほど趣味系の雑誌は無かったのだが、今では結構取り揃えられている。ただし、写真系の雑誌はアサヒカメラなどの分厚く嵩張るものしか無い。
目を移すと、鉄道関連の雑誌が並んである。その中でいくつか手に取ってみた。それは「鉄道ジャーナル」という雑誌だったが、値段を見ると50円と書かれている。おお、安いな。
しかし、同じ鉄道ジャーナルでも、興味深い記事が載っているものは200円となっている。この古本屋は、1冊1冊の中身を見て値段を決めているのか?
結局、50円のを2冊、200円のを1冊購入。

普段はあまり鉄道雑誌など読んだことは無い。だから、その本はなかなか新鮮である。写真もふんだんに使っており、専門的な説明など読めなくとも、写真だけで楽しめる。
中には、さりげなく面白い構図や遠近感、露出のコントロールを駆使したようなものもある。鮮やかな色彩の写真に、どんなフィルムを使っているのだろう、どんなフィルターを使っているのだろう、と気になったりするものもある。写真の欄外に答を見つけようとするが、そこには何も書かれていない。
普通、写真雑誌ならば写真の下の欄に撮影データが書いてある。例えば「Nikon F5 Nikkor50mm F1.4 1/500秒 F2.8 PKR」などと言うように。だが鉄道雑誌は写真雑誌ではない。当然ながら撮影データなど書いてありはしない。

写真雑誌の写真は、我輩から見ると全てが「作例写真」のように感じる。専門的で実践的なものは少ない。紙面の関係上、鉄道ページなど見開きカラーで2ページもあれば良いほう。あまりにも省略が著しい。
だが、鉄道雑誌では「まるごと鉄道特集」という感じで(当たり前だが)、余裕のある写真掲載が見応え十分。
もちろんそれは、鉄道だけではなく航空関係やファッション関係、銃器関連の雑誌でも同じこと。

前にも書いたが、写真雑誌というのは導入段階で読む程度で、後は各人が専門分野に散って錬磨すべきことだと思う。その証拠に、写真雑誌を長く購読していると必ず同じ特集のパターンに戻ってくる。読者はそのサイクルごとに新陳代謝されるということである。
総合的な立場の写真雑誌が勝手に設定する分野に自分を無理に押し込める必要など何処にあろう。
我輩などは、「月刊CAPA」や「月刊カメラマン」は何十冊もある(先日CD-Rに格納した)。そして、もはや新しい号が出ても目新しいものはほとんど無い。別にそういう雑誌を見下しているわけではないが、新たに買って読むほどの新しい情報が無い。今まで買いだめてきたもので十分なのだ。我輩所有分だけで何サイクルも巡っている。
(もちろん、新製品レポートや総合カタログ特集などのハードウェア面については資料的意味はあろう。)

さて、専門分野の雑誌に目を移すと、写真がさりげなく使われ過ぎていて、そのデータが全く分からない。言うなれば、問題集の解答が載っていないのと同じこと。これは気になる。かなり気になる。
しかし考えようによっては、これらの専門雑誌の写真を手本にするには、自分自身に実践を強いることだと思う。掲載されている写真に近付けるべく、色々と自分で試しながら答を見つけ出す。その答を見つけ出す過程に於いて、自分の選んだ分野での実践的なテクニックや思想が積み重ねられる。それが鉄道雑誌で見た写真の解答であるかということは、もはやどうでも良いこと。それは自分なりの解答だ。答合わせをする必要も無い。

受験世代の我輩は、今までの問題集のような雑誌に慣れすぎて、答合わせがしたくて仕方がない。この状態はしばらくは続きそうだ。