2000/04/05
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表紙

1.主旨と説明
2.用語集
3.基本操作法
4.我輩所有機
5.カメラ雑文
6.写真置き場
7.テーマ別写真
8.リンク
9.掲示板
10.アンケート
11.その他企画

12.カタログ Nikon
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 FM3A
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カメラ雑文

[058] 2000年 6月17日(土)
「チョートク、この写真か?」

「チョートクのカメラジャーナル」という出版物をご存知か?
大型カメラ店などで1冊100円で売っている小さなカメラ誌だ。「チョートク」とは、その執筆者の「田中長徳」のことである。
そこにこんなことが書いてあった。

「 いつかアメリカのカメラ雑誌で見たF3は、その点、実にいい顔をしていた。これには人跡未踏の地方のルポタージュをして戻ってきた写真家のエキュップメントとの説明が付いて、それは広告だから、その地方を暗示させる地図とか雑多な民芸品とかに埋もれたF3だったが、もとよりそんな小道具は不必要だった。
 ペンタプリズムは凹み、ボディの塗色は剥落し、モータードライブはやすりをかけたかのようになっている。このカメラが取材で通過した地域から受けた、暴力的な力と雨と湿度と激烈な温度差、そして埃とを引き替えにして、これらの優れた映像が得られたという、それはカメラの顔が語る存在証明なのだ。アメリカのこういう広告は実にうまい。」

(「チョートクのカメラジャーナル No.9」1994.1 067頁より)

我輩は、この文章がポピュラーフォトグラフィーの1984年8月号に載っている広告について述べたものだとすぐに判った。なぜなら、我輩も、この広告には強い印象を受けたからだ。
1984年といえば、F3が登場してまだ4年だ(ハイアイポイントだから、もっと短い期間か・・・?)。たった4年でこのような傷を多く受けるとは、かなりハードな旅だったに違いない。貫禄勝ちといったところだ。

-POPULAR PHOTOGRAPHY (AUGUST 1984)-

我輩も以前、F3の乗った三脚を倒してペンタ部を凹ませたことがあるのだが、あれほどの貫禄は無かった。なぜなら、他の部分が無傷だっただけに、百戦錬磨の象徴とはなり得なかった。やはり、スリ減るほど使い込んで初めて凹みが貫禄を持つ。
(その後、F3のペンタ部は裏側から叩いて平面に戻した)

高校時代、貫禄をつけるために、わざわざ自分のカメラにヤスリを入れるというバカ者もいたが、どのようにウェザリング(意図的な汚し)をしようとも、自然なスレ具合を再現するのは難しいことだ。1つ1つの傷にはそれなりの理由があり、ただ無秩序に付いたものではない。

靴の踵(かかと)が外側から減るのか内側から減るのか、それは靴を履く人間の歩き方による。それと同じように、カメラの傷も、それを使う者の「人間」が投影される。 人間の行為がF3に残した傷は、行為の積み重なりであり、そのF3がどのように使われたかを読みとるサインとなる。
チョートクは、「カメラの顔が語る」という言い方をしているが、それこそまさしく、F3に対する行為の結果のことだと言えよう。
我々は、F3に込められた情報が深ければ深い程、そのカメラの境遇を想像し、そこに貫禄を感じる。